院長ブログ
象牙質知覚過敏症(1)~知覚過敏が起る理由~
今日のテーマは象牙質知覚過敏症だ。象牙質知覚過敏症とは、平たく言えば歯がしみる状態だ。日常の歯科臨床でよく遭遇するものの一つである。その対応において、なぜ知覚過敏が起るのかという原因に対する理解、そしてその治療法の選択にあたっては、治療材料の物性の理解が必須となる。歯科の特性として、硬組織の修復を使命としていることは事実であるので、どうしても修復に用いる材料の物性の理解、すなわち歯科理工学的な知識を持つことは避けて通れない。
今日は、一番基本の部分、すなわち、なぜ象牙質知覚過敏が起るのかという発生機序について調べてみた。現在、一般的に考えられているのは、「動水力学説」と呼ばれるものだ。すなわち、開口した象牙細管の細管内組織液がさまざまの刺激(たとえば甘いもの、冷たいもの、熱いもの、酸っぱいもの、などを採ること)により移動する。この液体の移動が、閾値が下がり敏感になった象牙細管内の神経終末や象牙芽細胞を興奮させて痛みが生じる、とする説だ。
知覚過敏を起こしている歯の過敏部位の象牙質は、その部位の象牙細管が歯の表面に開口しているのだが、細管レベルで歯髄と外界が交通し、食物(あんこやチョコレート、繊維質のもの)や、温熱、エアー、歯ブラシ、などが歯の表面を刺激し、象牙細管内の水分が移動することで、歯髄と象牙細管の移行部付近に存在する神経終末を刺激し、痛みとしての知覚が発生する。つまり、歯の表面の刺激は、象牙細管内の液体が動くことで、知覚神経終末に伝達されるわけだ。
そして、細管内の液体が動く理由は、細管が歯面に開口しているからだ。したがって、象牙質知覚過敏の治療戦略としては、
1 象牙細管口を封鎖する 2 知覚の閾値を上げる(感覚を鈍感にする) 3 細管内組織液内のたんぱく質を凝固させ、組織液を動かないようにする
以上の3つが治療戦略のターゲットとして浮かび上がって来る。
参考文献:
冨士谷盛興・千田 彰.象牙質知覚過敏症 第2版.医歯薬出版.2013.
歯に対する接着の基礎~エッチング、プライミング、ボンディングとは何か~
ワンステップボンドシステムは、シンプルゆえに臨床面で、テクニカルエラーを回避できる可能性が高い。しかし、弱点もある。その弱点は、ツーステップボンドと対比してみることで明確になるだろう。だから、今日のテーマは、エッチングとプライミング、そしてボンディングの役割を知ることだ。エッチングとプライミングの両者が合体しているセルフエッチングプライマーとボンディングを使用するのがツーステップボンドだからだ。
接着の最も基本の部分だが、被着体を天然歯とした場合、接着とはエッチング(脱灰)、プライミング(浸透)、ボンディング(硬化)の3つのステップで出来ている。エッチングとは酸でエナメル質や象牙質を侵食し、歯質表面をリアス式海岸のようにギザギザにすることだ。プライミングとはこのギザギザのザラ面の窪みに流動性の高いレジンモノマーを流し、ギザギザ面に馴染ませることだ。そしてボンディングとは、プライマー(レジンモノマー)で濡れたギザギザの入り江の表面に、さらにプライマーとは別の種類のボンディング(レジンモノマ)ーを流し込んで、光を照射し、プライマー(レジンモノマー)VS.ボンディング(レジンモノマー)を両者とも重合させ、それぞれのポリマー同士を絡みつかせることだ。
プライマー(レジンモノマー)がエナメル質や象牙質の歯面と強力にくっつく原理は、一つには凸凹内にはまり込んで機械的に篏合すること、もう一つはモノマーは歯質のハイドロキシアパタイト表面のCaにも化学的に強固に結合すること、の二つの理由による。
レジンはモノマーとポリマーの両方の状態をとりうる。重合したレジンはポリマーと呼ばれる同じ基本構造がいくつも連なった状態の有機高分子だが、重合する前は低分子のモノマーとして存在する。丁度、たんぱく質がアミノ酸という低分子が多くつながって高分子となっているようなものだ。アミノ酸がモノマーで、たんぱく質がポリマーに相当する。
プライマーもボンディングも、ともにレジンモノマーだが、プライマーは象牙質内のひだひだに深く入り込んで行かなければいけないので親水性(水を好む)である必要がある。なぜなら象牙質は細管構造を有しており、細管の中には液体が満たされているからだ。象牙質に深く入り込むモノマーが親水性でなければいけない理由は、象牙質は水気が多いからだ。そして、プライマーレジンとコンポジットレジンの両方に強固に結合しなければならないボンディングレジンは、疎水性(水を嫌う)である必要がある。レジンVS.レジンのポリマー同士が絡み合って架橋するのに水は邪魔だからだ。
今日では、エッチング、プライミング、ボンディングがそれぞれ別の溶液として販売されている、いわゆる3液性のシステムは少なくなっており、エッチングとプライマーが一つにまとめられているセルフアドヒーシブとボンディングの2液システムが現在では一般的だ。メガボンドはその代表例である。さらに、最近では、コンポジットレジン充填の前処置に必要な3液を一つの溶液に混ぜた形で売り出されており、これがユニバーサルアドヒーシブを用いる1液システムであり、ワンステップボンドシステムと呼ばれるものだ。このタイプの接着システムも、最近、増えてきている。疎水性モノマーと親水性モノマーが同一容器に入ってるわけだから、エアブローがテクニック上のポイントになることが容易に理解できる。モノマーを機能的に働かせるために加えられている水や有機溶媒を飛ばすのはエアブローだからだ。シリンジからのエアブローの加減一つで接着力が変化するということだ。
参考文献:
(1)原嶋郁郎、中林宣男、平澤 忠. レジンとレジンの接着.AD Vol.11 No.3.156-164.1993
(2) 猪越重久.1からわかるコンポジットレジン修復 レジンが簡単に取れないためのテクニック.クインテッセンス出版.東京.2012.
(3)宮崎真至.コンポジットレジン修復のサイエンス&テクニック.クインテッセンス出版.東京.2015.
ユニバーサルアドヒーシブ
先日、しみる症状を訴えて来られた患者さんの左下第一大臼歯のカリエスに、コンポジットレジン充填目的で窩洞を掘った。案外深かったので、充填後の知覚過敏を警戒し、コンポジットレジン充填の際、最近入手したユニバーサルアドヒーシブを塗布してからコンポジットレジンを充填してみた。当院の今までのレジン充填システムは、プライマーとして「メガボンド・プライマー」を塗布後、20秒待ってエアブローした後、ボンディングとして「メガボンド・ボンディング」をプライマーの上に塗布し、それから光照射していた。プライマーとボンディングの2液を使用する、いわゆる「2液性システム」だ。
最近、そのプライマーとボンディングを一つの液の中に混ぜて販売している「ユニバーサルアドヒーシブ」を入手したので、今回、使用してみた。結果は、しみる症状は全くとまった。今までの当院のレジン充填システムでは、時々、充填後、しみる症状が残ることがあったのだが、今回、それが全く消えてうれしい。この違いは、ユニバーサルアドヒーシブを応用したことよると思うので、今日のテーマはユニバーサルアドヒーシブだ。
ユニバーサルアドヒーシブは、ワンステップボンディング材。つまり、セルフエッチングプライマーとボンディング材の合材だ。使用方法の注意点は、以下の5点。
1 液(ボンディング材)は使用直前に用意する
2 最低1滴分は必ず用意する
3 窩洞全体にたっぷりと塗るか、新しい液を何度か塗り足すように塗布
4 エアブローは最初は中圧、次いで強圧でしっかりと行い、波打っていた液成分が動かなくなるまでおこなう
5 インジェクタブルレジンによるライニングは極力行う
使い方のコツがあるようだが、ワンステップで前処置が完了する点は非常に良い。シンプルイズベストであり、操作が一回で済むことでエラーの発生する確率が低下する。だから、これからはユニバーサルアドヒーシブを用いた接着性レジン修復をマスターしたい。
参考文献:冨士谷盛興.正しく使おうワンステップボンド、もっと使いこなそうインジェクタブルレジン.
日本歯科医師会雑誌.Vol.68.No.10.963-970.2016.
炭酸ガスレーザーをインプラントSLAサーフェイスに照射しても、レーザーはその生物学的適合性に影響しない
炭酸ガスレーザーは殺菌作用があるために、インプラント周囲炎を起こしているインプラント表面のデコンタミネーションを目的に、炭酸ガスレーザーをラフサーフェイスに照射するというアイデアが当然浮かんで来る。その際、レーザーの殺菌作用以外の物理学的作用がインプラント表面性状に影響しないことが前提となる。インプラント表面性状は、短い治癒期間でオッセオインテグレーションが得られるよう、各メーカーがしのぎを削って開発競争を行ってきただけに、各メーカーとも生物学的適合性が格段に向上している。生物学的適合性をわかり易く言えば、すんなり骨と馴染んで素早く骨と結合する性質のことだ。レーザー光線がインプラント表面のマイクロな形態的あるいは化学的性状を変化させれば、骨芽細胞のチタン表面へのノリが悪くなり、結果としてオッセオインテグレーションが遅れるのだが、これは困る。
SLA(Sandblasting Large grit and Acid etching)サーフェイスは、最も一般的で、代表的な生体適合性を向上させるための工夫を凝らして登場したインプラント表面性状である。当院で用いられているインプラントにもこの性状が備わっているが、炭酸ガスレーザー照射で生物学的適合性が変化しないか、気になっていたところだ。そんな折、炭酸ガスレーザー照射はインプラントSLAサーフェイスの生物学的適合性を変化しない、と報告した論文を見つけた。
それは、6.0Wというかなりの高出力の炭酸ガスレーザーをチタンディスクに照射し、そのディスク上に培養骨芽細胞を乗せて、その増殖スピードを対照と比較した実験報告だ。結果は、炭酸ガスレーザーは培養骨芽細胞のチタンディスクへの接着を阻害せず、増殖スピードにも影響しなかった。
レーザーは波長が長く大部分が水分に吸収されるため、インプラント表面温度はそれほど上がらない。照射しても熱が出ず、チタン表面の生物学的適合性に影響が及ばないとなれば、炭酸ガスレーザーはインプラント周囲炎のデコンタミネーションのツールとして有用といえそうだ。なんせ、レーザーはスイッチを入れて照射するだけ。だから、テクニック非依存的だ。そこがよいのだ。
参考文献
(1)J Lasers Med Sci. 2013 Spring;4(2):86-91.
CO2レーザー照射は埋入後インプラントのオッセオインテグレーションを加速する
炭酸ガスレーザーは、蒸散などのhigh level reactive laser treatment (HLLT)作用と、照射部位における細胞増殖、創傷治癒促進などのlow level reactive laser treatment (LLLT)作用の両方の使い方が可能だ。で、今回のテーマは炭酸ガスレーザーのLLLTの方。
ラットの脛骨に皮膚上から炭酸ガスレーザーを照射し、皮質骨表面の骨形成を促進するという報告がある。そこで、インプラント周囲の骨とインプラントがオッセオインテグレーションを起こす場にレーザーを照射すれば、骨形成を促進することによりオッセオインテグレ―ションが増強するのではないかというアイデアが生まれる。そして、それを実験で確認したレポートがある(1)。
実験の詳細は、ラット脛骨上の皮膚を切開剥離し、骨内にチタンインプラントを埋入後、皮膚を復位縫合する。その後、週3回のペースで炭酸ガスレーザーを皮膚上10cmの距離から一定の条件で照射した後、適当期間経過後に安楽死させ、得られた組織切片を対照群と比較するというもの。その結果、レーザー照射群では、インプラント周囲の新生骨形成量が対照群に比較して多かった。
こういった現象はなぜ起こるのだろう?炭酸ガスレーザーは10.6μmという比較的長い波長で水分への吸収性が高いゆえに、骨内深部のインプラントと骨の界面まではレーザー光は到達しないはずではないか。なのに、なぜ、レーザーはインプラント表面の骨形成に生物学的効果を及ぼすことが出来るのだろうか?
この疑問に対して、この論文内では以下のように推察している。レーザー光線は届いたとしてもせいぜい皮質骨までだろうから、骨深部にあるインプラント周囲の骨形成促進効果は、皮質骨表層にいる細胞が、細胞突起とGap junctionを介して、深部に情報を伝達し、深部の骨形成性細胞を働かせた結果と考えている。その皮質骨表層に存在する細胞とは骨細胞で、骨形成を担当する骨細胞はメカニカルフォースに対するセンサーを持っていると考えられている。レーザー光線の物理学的性質が骨細胞にメカニカルフォースを感知させて、骨深部に存在する骨芽細胞とのネットワークを強化し、骨芽細胞の骨形成を促す可能性が示唆される。
参考文献:
(1)金子友紀.炭酸ガスレーザーがラット脛骨チタンインプラントのオッセオインテグレーションに及ぼす影響.日口腔インプラント誌.25(1). 13-21.2011.
接着性レジンが歯と接着する原理
口腔内は過酷な環境だ。接着には不利な要素が多い。唾液、熱いもの、冷たいもの、酸味の強いものもしょっちゅう、容赦なく入ってくる。さらに、絶え間なく打ち続ける上下の歯同士の強裂な接触。超ハードな環境に置かれているにも関わらず、歯冠補綴物は削られた歯面の上に被せられた後、結構、長期間持つ。これは考えてみれば凄いことだ。なんで、被せた補綴物はそう簡単には取れないのだ?特に最近の接着性レジンセメントの力は目を見張るものがある。そこで、今日のテーマは、接着性レジンセメントが歯と強固に接着する原理についてだ。
接着性レジンセメントが強力に歯にくっついてしまう秘密は、歯面にセメントを乗せる前に適切な前処置を行うところにある。セメントが乗っていく相手は天然歯支台(組織的にはエナメル質や象牙質)以外にも、金属支台や非金属であるコンポジットレジン支台、セラミックス支台などがある。これらの支台にいきなりレジンセメントを乗せても接着力は出ない。
天然歯質にはリン酸エッチングと呼ばれる強酸でエナメル質表面を荒らし、凸凹を形成しておけば、その凸凹内にレジンが侵入してタグを形成するので接着力が生まれる。象牙細管と呼ばれる細管構造を基質内に持つ象牙質をエッチングすれば、象牙細管内にレジンタグが形成されるだけでなく、管間象牙質、管周象牙質に対して樹脂含浸層が形成され、強力な食いつきが生じる。
金属面に対しては金属接着性プライマーをあらかじめ金属面に塗っておく。それから接着性レジンをのせると、金属とレジンの両方にくっつく性質を持つプライマーが金属面と接着性レジンの両者の仲立ちをし、両者を強力に結合させるのだ。この接着機構の詳細は不明だが、プライマーに含まれる硫黄原子(S)がどうやら接着に関与しているらしい。サンドブラスト処理も接着力を高める前処置で、これは50μmアルミナ粒子をサンドブラストで平坦な金属面にぶつけて陥凹をつくり、機械的篏合力を生じさせるわけだ。
コンポジットレジン支台と接着性レジンとは、同じレジンだから容易に結合するだろうというイメージがある。が、現在のレジンはマトリックスに多感応性メタクリレートを用い、強度を増すために無機質フィラーを多量に混入させているため、たとえレジン同士であっても化学的結合はあまり期待できない。そこで、現在のコンポジットレジンに対する接着は、フィラーに照準を合わせている。そこで、50μmアルミナサンドブラストで表層を一層ざらつかせて機械的篏合力を高めると同時に、内部に埋入される無機質フィラーを表面に露出させて、シランカップリング剤を塗布してから接着性レジンを乗せる。そうすると、フィラーと接着性レジンが強力に接着することで、接着性レジンはコンポジットレジンに強固に接着する。
セラミック支台の場合も、50μmアルミナサンドブラスト処理後、シランカップリング剤を塗布してから接着性レジンを乗せる。セラミックス冠が接着性レジンと接着する理屈と同様の原理で、接着性レジンはセラミック支台と強力に接着する。
参考文献:安田 登. オールセラミッククラウンの各種支台に対する接着.補綴誌. 43:225~231,1999.
シランカップリング剤
今日のテーマも接着だ。その中でも、「シランカップリング剤」について言及したい。接着の文献を読んでいると、「シランカップリング剤」という用語が頻繁に登場し、これは接着における重要な材料だと気づく。これまで、例えばファイバーポストをレジン系セメントで歯に接着したい時、何気なくアシスタントに「はい、シランカップリング処理して」などと頼んでいたわけで、この用語は知っていたものの、この材料の重要性をあまり深く理解していなかった。しかし、この材料の果たす役割は重要だ。
シランカップリング剤は、一般にR―Si―X3の構造式で表される化合物だ。Rは有機基、Siはケイ素原子、そしてX3はシリカなどの無機質に結合する基を表している。眠くならないでくれ。自分も有機化学は苦手だ。この辺はざっくりといこう。この材料は「カップリング」という名称を持つだけに、何かと何かを結び付ける役割をしている。その何かとはシリカなどの「無機質」とメタクリルレジンなどの「有機高分子」だ。シリカなどの無機質は親水性である一方、有機高分子は疎水性で、両者は仲が悪い。水と油のようにけっしてなじまないのだ。ところが、馴染みにくい両者の間に入って仲介し、両者を結び付けるのがシランカップリング剤だ。「カップリング」の名称はここから来ている。ちなみに「シラン」という物質は何かというと、ケイ素の水素化合物らしいがややこしくて、よく”しらん”!(^^)!。
この「シランカップリング剤」は、1987年の文献(1)では、コンポジットレジンのフィラーとレジンとを結合させる鍵となる重要な材料として登場する。コンポジットレジンは強度を増すために、石英やシリカから作られるフィラーとよばれる硬い粒子が軟らかいレジンに混ぜられている。この時、親水性の無機質のフィラーと疎水性の高分子有機のレジンを強く結び付ける材料がシランカップリング剤だ。
このシランカップリング剤は、コンポジットレジンにおけるフィラーとレジンのカップリング剤として使用されるだけでなく、現在では、補綴の主流となりつつあるセラミックスを、接着性レジンを介して、形成した歯面に接着させる際に使用される必須の材料となっている。セラミックスは、シリカを含むシリカ系セラミックスとそれを含まない非シリカ系セラミックスに別れるが、シリカ系セラミックスのクラウンやインレーを歯面にレジン系セメントで接着する場合には、レジンセメントをセラミック冠内面に盛る前に、必ずセラミック冠内面にシランカップリング剤を塗布しなければならないことになっている。セラミックはSiO2が主成分であるゆえに、シランカップリング剤がよく結合する。したがって、接着性レジンとセラミックスが強力に接着することになる。
参考文献:(1)西山典宏、早川 徹. シランカップリング剤について.AD Vol.5 No.3,4 129-133. 1987.
接着材は進化し続ける
今日は県の歯科医師会主催の学術セミナーで”接着”の話を聞いてきたので、今日のテーマは”接着”だ。具体的には接着性レジンだ。
現在、各メーカーから多くの種類の接着材が販売されているが、その基本コンセプトは今も昔も変わらない。「エッチング」、「プライミング」、「ボンディング」の3つのステップが基本だ。以前は、それぞれのステップに対応する「エッチング材」、「プライマー」、「ボンディング」が売られていたが、やがてエッチングとプライミングがワンステップとなった材料(つまり一つの液で両方の役割をはたす材料)が発売されて2つのステップで接着出来るようになった。そして、今や、1ステップの接着剤が販売されている。つまり、一つの液で、「エッチング」、「プライミング」、「ボンディング」の3つの役割を果たすオールインワンの材料がでている。これはテクニックセンシティブだが、確かに便利だ。これは、「ユニバーサルボンド」と呼ばれるもので、どういう風にテクニックセンシティブかというと、エアブローが微妙に接着効果に効いてくるのだ。オールインワンにするため、疎水性のものと親水性のものを同じ溶液に混ぜるためにアセトンという溶媒をいれている。これを、エアブローで飛ばし過ぎると、親水性のものと疎水性のものが共存できなくて分離してしまう。つまり、エアーでアセトンを飛ばしすぎると両者が分離してしまう。微妙な湿り気の按配がキモだ。
こういった、オールインワンのコンセプトは、長所と短所を併せ持つが、臨床はシンプルな方が良いので、多少のテクニカルな問題は注意深いトレーニングで克服可能と思う。接着操作がシンプルになる以外にも、このユニバーサルボンドは歯面に塗るだけで窩洞・支台歯のシーリング材として利用可能なことも魅力だ。知覚過敏歯に塗布することで象牙細管を即時に封鎖することも可能で、用途が多様という点で臨床的に優れているといえる。
垂直性の歯根破折はホープレスだ
今日のテーマは歯根破折だ。歯根破折といっても、歯の長軸に沿って破折線が入っている場合(垂直性歯根破折)や、長軸に直行する形で破折線が入っている場合(水平性歯根破折)や、斜めに破折線が入っている場合もあり、いろいろだ。そして破折の状況も、マイクロクラックと呼ばれる細い亀裂だけの場合もあれば、亀裂が進んで完全な破折にいたり破折片がバコバコと動いている状況が肉眼で確認できる場合もある。
さて、歯根破折をきたした歯の予後だが、結論から言えばケースバイケースだ。マイクロクラックは適切な処置で救済される場合もあれば、そのまま放置して破折が進行しホープレスとなる場合もある。
破折の入り方によっても予後が変わる。時々、デンタルX線で完全に水平な歯根破折が根の中央あたりに見られるのに、臨床症状がまったくない場合がある。こういう場合はそのままの状態を維持できる可能性がある。破折部が口腔と交通していないために感染からまぬがれ、破折部の歯髄組織や硬組織が自然治癒しているのだ。生活歯であれば、歯根が破折しても感染しなければ、骨折と同様に治癒することがある。また、口腔と交通している場合には破折部が感染し、痛みや腫れといった臨床症状を呈した場合はアウトだ。破折部位が口腔と隔絶されているか、交通しているかで、破折歯の命運がわかれる。
垂直性の歯根破折はホープレスだが、それは破折線が垂直性ゆえに口腔と交通することによって感染が成立するからだ。一旦、垂直的に歯根破折した歯に感染が成立したら、その感染は抜歯する以外に制御できない。垂直性の歯根破折はホープレスだ。
CO2レーザー照射は創傷治癒を促進する
レーザーは殺菌効果だけでなく、使用するレーザーの種類にもよるが、創傷治癒を促進する効果がある。手元に、ラット抜歯窩に炭酸ガス(CO2)レーザーを照射して、治癒課程を組織学的に観察した基礎研究論文があるので紹介しよう。
一般に、抜歯後の治癒課程の一番最初のステージとして、抜歯窩が血餅に満たされる状況が出現するが、このプロセスが正常な治癒に至るための必須条件であり、極めて重要だ。 この実験では、抜歯直後の抜歯窩からじわーっと湧き出てくる血液に触れないように、非接触で高出力レベルレーザー治療(HLLT:High reactive Level Laser Therapy )を行った群、さらに翌日に低出力レベルレーザー治療(LLLT:Low reactive Level Laser Therapy)を接触下で追加した群、および非照射群の三つのグループに分けて,治癒の様相を比較している。
その結果、抜歯後21日目の組織学的観察では、3群とも抜歯窩に新生骨の形成が認められたが、レーザー非照射群が表面が陥凹していたのに対して、レーザー照射群は、2群とも表面が平たんだった。さらに骨形成量は、抜歯当日にHLLTを一回行っただけの群より、翌日にLLLTを追加した群の方が骨形成量のレベルが高かった。結局、抜歯当日と翌日にHLLTとLLLTの両方をおこなった群の方が骨形成量が多かったわけで、すなわち治癒が促進されたといえる。
このCO2が抜歯後の治癒を促進する解釈として、論文内では血液に高レベルのレーザー照射を行うことで血餅を即時に形成させて正常治癒のスタートを約束し、低レベルのレーザー照射を追加することで破骨細胞や骨芽細胞の活性を高めることが出来、治癒スピードがアップすると考えている。
こういったレーザーの治癒に及ぼす生物学的効果は、きわめて興味深い。少しでも早く治癒に持っていきたい局面が実に多いのがリアルな臨床だからだ。
参考文献:大郷友規,福岡宏士,大郷英里奈,柿本和俊,高橋一也,小正 裕. ラット抜歯窩への炭酸ガスレーザー照射による創傷治癒課程における組織学的解析. 日レ歯誌,25:75-81,2014.