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2009年5月

再  生

 再生に関心を持っている。「再生」という言葉はいろいろな意味で用いられるが、一般的には「民事再生法」等の用語に見られるように、「死にかかったものが生き返ること」の意味合いで使われる。また、発生生物学における「再生」とは、トカゲの尻尾が自切しても生えるような、損傷を受けた組織や器官、四肢などが復元される現象をいう。さらに、医学の分野では、21世紀の最も期待される医療として「再生医療」という分野が存在するが、ここでの「再生」は「失われた組織・臓器が形態・機能ともに元通りになること」を意味する。いずれの意味の「再生」に対しても関心があり、魅力を感じる。
 
なぜ自分が再生に関心があるかというと、「再生」に希望を感じるからだろう。今、日本を含めて世界は不況の只中にあり、米国の基幹産業と思われていた自動車産業のビッグスリーでさえ破綻しようとしている。世相を見れば、経済だけでなく、年金制度や教育制度、政治制度など、諸々の社会制度が疲弊した結果、実に様々な問題が吹き出ており、社会システムそのものが機能不全に陥っているかのようだ。現代は、信じていた価値観が失われようとしている時代であり、喪失の時代なのだ。このような現代に求められている気分は「再生」なのである。「再生」には、本来備わっていた良きものを取り戻そうとする期待というか、希望が感じられるからだ。
 また、「再生」に関心を持つさらなる個人的理由として、自分の職業選択とも関係しているし、あるいは自分の運命そのものとも関係しているといえるが、大げさにいえば、自分は「再生」と関わるために世に存在しているような気がするからだ。いわば、「再生」と取り組む事は自分の使命のような感覚があり、その感覚こそが「再生」への関心の根源だろう。どういうことかというと、自分は傷ついた人間が立ち直ることが大好きなのだ(余談ですが、自分の好きな映画のカテゴリーの一つに、傷ついた人間が立ち直っていくヒューマンドラマがあります。“グッドウイルハンティング”は好きな映画の一つだが、劣悪な環境で育ったために人と素直に関われない数学の天才グッドウイルハンティングが、愛妻を失い失意の中で生きる大学教授と出会い、生まれて初めて心を通わせる事が出来るようになったことから、両者ともに再び真っ当な人生を歩み始める、という感動のストーリーです。あるいは、タイトルは忘れたけれど、ポールニューマンが主役をやっていたのだが、ある出来事がきっかけで法廷に立つ事をやめ、アル中になった酔いどれ弁護士が、再び社会正義に目覚め、法廷に立ち、誰も信じなかった勝利をつかむという人生の再生ドラマも好きです)。そして、傷ついた人間が立ち直ることに協力することも大好きだ。これは歯科医になった原点のスピリッツ。健康という、かけがえのない財産を喪失した患者さんといっしょになってそれを取り戻すために、自分は医療人となった。そして自分自身の人生を振り返ってみても、決して順風満帆ではなかったが、失敗の度に失意のどん底から立ち直ったし、艱難辛苦を克服する事自体に救いというか、楽しみを見いだせる事を知った。いわば逆境も人生の妙味であり、順境も逆境も人生には用意されていて、四季が繰り返されるごとく、両者も交互に人生に繰り返し訪れるようになっているのだろう。順境の時は逆境に備えなければならないし、逆境の時は全力で事態が好転するように「再生」に真摯に取り組まねばならない。人生は破壊と再生から成り立っているのだが、破壊された後には、再生する努力をしなければ人生は駄目になってしまうのだ。社会的な意味合いでも、医学的な意味合いでも、あるいは個人的な人生という意味合いでも、再生とは関心のあるテーマなのです。
 
  さて,話は再生医療に関してだが、現時点では再生医療は三つのカテゴリーに分けられる。一番目は個体レベルの再生であり、二番目は臓器レベルの再生、三番目は組織レベルでの再生である。
一番目の個体レベルの再生とは、個体を丸ごと再生しようとするものであり、クローン羊のドリーを生んだ体細胞クローンという技術を再生医学に応用するものだ。ドリーは、核を除いた卵子に成熟した皮膚の細胞核を移植し、代理子宮の中で育てられたのだが、この実験から成熟した細胞から別の個体が造られる事が示された。しかし、このクローン技術は、受精卵を用いる事を前提とし、全く自分と同じ遺伝情報を持つ個体がもう一つ出来る事を意味するので、人体再生に直結し、倫理上の大きな問題が残されているため、実用化されていない。
二番目の臓器レベルの再生とは、ES細胞(embryonic stem cell)を用いて臓器丸ごとの再生を目指すものである。ES細胞は受精卵の内部細胞塊を培養した細胞で、ほぼ無制限に分裂を続け、理論的にはすべての細胞に分化し、人体のどのような臓器も造れる可能性があるため「万能細胞」とも呼ばれている。このES細胞にクローン技術で核移植を行う事により、遺伝的に同一のクローン臓器が理論的には無尽蔵に入手可能である。また、ES細胞を、思い通りの分化した細胞に導く事が出来れば臓器丸ごとの再生が可能であるが、現在そこまでの技術は確立されていない。そして、ES細胞の利用も受精卵を使うという点で倫理上の問題が残っており、臓器レベルの再生も実用化のめどは立っていない。
三番目の組織レベルの再生は、ティッシュエンジニアリング(組織工学)と呼ばれる領域である。原則として、生殖細胞のES細胞を使用せず、体の中に残っているいろいろな細胞に分化する能力を保有する幹細胞を取り出し、これを利用して組織を再生するバイオテクノロジーである。患者さん自身の細胞を使うので、拒絶症も感染のリスクもなく、受精卵を使用することもない事から倫理的な問題がなく、三つの再生のうち、この領域の再生が最も期待出来る。現に、実用化されている再生医療は、ティッシュエンジニアリングだけだ。「幹細胞、足場、サイトカイン(細胞増殖因子)」という三つの要素で組織を再生するティッシュエンジニアリングは、今のところ、医科、歯科を含めてすべての領域で臨床応用が可能であり、今世紀に飛躍的に発展し、医療の内容に大変革を起こすと期待される技術として大いに注目されている。具体的には培養皮膚による熱傷の治療が有名だが、口腔粘膜を細胞供給源とする培養角膜による角膜移植、骨髄幹細胞を細胞供給源とする骨軟骨疾患に対する骨や軟骨移植、閉塞性動脈硬化症に対する血管新生療法などがすでに臨床応用されている。再生療法のアプローチも、1)組織や臓器を新たに創造してそれを移植するもの、2)細胞の再生を促進させる因子が発見されたら、それを注射する、あるいは塗布するもの、3)細胞を注入するもの、たとえば血液疾患の治療にみられる骨髄細胞を注入するとか、自己の幹細胞を注入するもの、などいろいろある。
ティッシュエンジニアリングにおいて、幹細胞を使用するというのが肝の部分で、幹細胞とは未分化な細胞であり、かつ、骨、軟骨、脂肪、筋、肝臓、神経、肺、胃腸管の上皮細胞、皮膚、膵島細胞等の様々の細胞へ誘導され分化することが可能な細胞である。いろいろな形質の細胞に分化する能力が潜在しているので、細胞の供給源としては超魅力的な細胞だ。 
歯科においても再生療法はすでに臨床応用されていて、歯周治療やインプラント治療においては、骨不足部位に対して骨移植だけでなく、歯周組織再生誘導法(guided tissue regeneration: GTR)やGBR (Guided Bone Regeneration )、エナメル基質蛋白(EMDOGEIN®:エムドゲイン®)や血小板由来増殖因子(GEM21®)といった細胞増殖因子の局所注入による再生療法が臨床で行われている。また、骨髄幹細胞を用いた歯周組織再生として注入型培養骨による骨再生が注目を集めている。さらにうれしい事に、骨髄以外にも幹細胞は存在して、例えば最近の報告では歯髄や脂肪組織の中にも幹細胞があるらしいのだが、そうなれば、幹細胞、足場、増殖因子の三つの因子を駆使した歯周組織や骨の本格的な再生医療が、我々の身近な診療室で展開される日も近いかもしれない。
 
臨床応用を目指した基礎研究の目覚ましい進歩にも心が躍る。たとえば、ES細胞から分化した膵島細胞を実際に糖尿病動物モデルに移植したところ、2週間にわたる明らかな血糖値の改善が見られたという。遺伝子解析をしたところ、膵島細胞は膵臓の発生に必要な遺伝子をほぼすべて備えており、電子顕微鏡的による検索により、インスリン分泌顆粒の存在が証明されたとのこと。将来的にヒトのES細胞からヒトの膵島細胞を大量に安定して分化させる技術が開発されるようになれば、多くの糖尿病患者さんが救われることになろう。
 
 このように見てくると、近い将来歯科を含めて、医療に大変革が訪れる時期はそう遠くないだろう。その時には、今はベンチャーに過ぎないバイオテクノロジー企業は、現在のトヨタのごとき巨大企業へと発展しているかもしれない。今後、歯科医療の内容も大きく変貌を遂げるだろうが、是非そのような時代まで現役歯科医であり続けたいものである。冒頭で、自分が「再生」に関心を持つわけについて陳述したが、本音をいえば、再生医療は健康長寿にも貢献すると思うからである。つい最近まで、中枢神経は再生しないと信じられていたが、うれしい事に、最近、中枢神経にも神経幹細胞が存在し、これにより中枢神経も再生することが報告された。従って、再生医療の発展は現在では手の打ちようがないアルツハイマーや脳梗塞などによる中枢神経障害も治癒する可能性が示唆された事になる。生き生きと健康な状態で死ぬ直前まで思う存分に働き、楽しみ、思う存分人生を謳歌出来る時代が到来するまで生き延びたいのだ。要するに長生きしたいのです。再生医療は、クオリティーの高い状態で長生きさせる医療の可能性を持っており、自分はそれに着目せざるを得ないのだ。実に悔いの多い人生であるからこそ、自分の人生を取り戻すためにも、長生きをせねばならない。人並みの結果をこの人生で出すためには、人並み以上に長く生きなければその目標は達成出来ぬ。あれもしたい、これもしたいという事ばっかりで、アイデアは山のように残っているのに、人生とグッドバイをしなければいけない、なんて残念過ぎます。自分は達成したい事が山ほどあるので、長生きを目指したいのだが、再生医療はきっとその願望をサポートしてくれるだろう。再生医療への興味は尽きる事がない。僕らはワクワクする時代を生きているのですね。
 
平成21年5月31日   自宅にて
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