院長ブログ
インプラント周囲炎に対する各種レーザ治療の現在の評価
インプラント周囲炎に対する各種レーザー治療の有効性に関するシステマティックレビューとメタアナリシスが2014年の米国歯周病学会誌に掲載されている(1)。PubMedやCochrane から電子的に渉猟された137編の文献から、15編の論文が絞り込まれ、さらに最終的に研究デザインとしてコントロールを取っている6編に絞り込まれている。そのうち、Er:YAGレーザーが4編、CO2レーザーが1編、PDH(Photodynamic therapy)が1編である。よって、Ee:YAGレーザーのみがメタアナリシスの対象となっている。
そのメタアナリシスの結果、歯周ポケットの深さとアタッチメントロスをパラメーターとして見た場合、インプラント周囲炎に対するレーザー治療の効果は、対照群(プラスティックスケーラーによるデブライドメント、およびクロルヘキシジンによる消毒、などの従来的方法を施行した群)と比較して統計的有意差はない、と結論している。ということは、レーザー治療の現在における位置づけは、安全な治療ではあるが、従来の方法を超える画期的な治療法ではなく、インプラント周囲の炎症の原因を取り除く多くの方法の一つに過ぎない、ということになる。
もっとも、現段階では研究デザインの質の高い臨床研究の絶対数が少ないので、レーザー治療のこの評価は近い将来、変わるかもしれない。
参考文献(1)
Kotsakis GA1, Konstantinidis I, Karoussis IK, Ma X, Chu H.
J Periodontol. 2014 Sep;85(9):1203-13.
レーザーの歯周・インプラント周囲組織への効果
今日のテーマもレーザーだ。今日、レーザーは多くの種類があるが、歯科用レーザーとしては、エルビウム・ヤグ(Er:YAG)レーザー、Co2レーザー、Nd:YAGレーザー、半導体レーザーが主だ。ところで、インプラント表面は細かい溝がきられており、さらにその溝を構成する表面も小さな凸凹の面からできているので、機械的には清掃しにくい。汚染されたインプラント表面をデブライドメントしたい時には、非金属のチップの超音波スケーラーや、エアーアブレイジョン(パウダーの吹き付け)、あるいはチタンワイヤブラシでこする、といったものが現在行われている機械的清掃法だが、はたして本当に表面の微細な窪みにこびりついた汚れが取れているのか不安に思う。したがって、汚染されたインプラント表面の清掃ツールとして、光さえ到達できれば殺菌効果が期待できるレーザーは有望だろう。
インプラントに対するレーザー照射に求められる条件として、1)チタン表面が物理的に変化しない 2)熱障害が少ない 3)周囲組織(特に骨組織)に熱障害を与えない、等である。上述の歯科用レーザーのうち、以上の条件を満たすものは、エルビウム・ヤグ(Er:YAG)レーザー、Co2レーザーだ。 Nd:YAGレーザーや半導体レーザーは禁忌。Er:YAGやCo2レーザーは水への吸収性が高く、照射部位のごく表層でのみ作用するため、生体に及ぼす熱副射作用が少なく、歯周病やインプラント治療に安全に使用できる。また、汚染されたインプラント表面に照射した場合、適正な出力レベルで使用する限り、照射範囲がごくわずかであるために過度の温度上昇は起こらず、安全に使用できる。
インプラントへの具体的効果として、根面の歯石の蒸散効果、殺菌効果、歯肉の蒸散効果、骨面のデブライドメント効果、インプラント表面のデブライドメント効果などがあげられる。
CO2レーザーの使用経験からいうと、使用方法が簡単なところが気に行っている。なにせ、光を当てさえすればよいのだから。そして、光が一直線なのもよい。なにせ、自分も一直線な人間なもんで。
参考文献:和泉雄一,吉野敏明.インプラント周囲炎を治療する. 医学情報社, 東京, 2010
歯周治療における抗菌的光線力学療法
1960年に世界で初めてルビー・レーザーが登場して以来、様々な分野で光エネルギーの応用が試みられてきている。医科においても皮膚科、眼科、外科等でその応用が急速に進歩しているが、歯科においても20年以上前からレーザーが歯周治療に取り入れられている。最近、低出力レーザー(LLLT:Low-level laser therapy)や発光ダイオード(LED:light emitting diode )を光感受性薬剤に照射して活性酸素を発生させることで歯周病菌を殺菌する新たな抗菌的光線力学療法(antimicrobial photodynamic therapy)が登場し、注目されている。今日のテーマはその光線力学療法だ。
具体的には、トルイジンブルーやメチレンブルーの青色色素を光感受性薬剤として用い、これを直接、歯周ポケット、あるいはインプラント周囲ポケット内に注入する。そして、先の曲がった細いチューブの先端から低出力レーザーやLEDが照射されるように設計された装置の先端をポケットの入口に接近させて光線を発射することで殺菌効果が得られる。すなわち、光照射を受けて青色色素から活性酸素が発生し、これがポケット内の歯周病菌を殺すのだ。
本法は術式がシンプルで、従来の機械的清掃器具が到達させにくい微妙な間隙や汚染されたインプラント表面のデブライドメントに有効と思われる。個人的にはインプラント周囲炎のオペで活躍するのではないかと思っている。
こういった新しい治療が現在の歯周治療でどういったポジションを取っているかというと、その治療効果は非常に良好であるが、臨床報告が限られているために、従来的な歯周治療に対するオプションにとどまっている。今後、長期予後に関する無作為比較試験、メタアナリシスを経たのち、その有効性が科学的検証で確認され次第、スタンダードな治療となっていくだろう(1)。
参考文献
(1)Application of antimicrobial photodynamic therapy in periodontal and peri-implant diseases.
糖尿病とオートファジー
つい最近、東京工業大学の大隅教授がオートファジーの研究でノーベル賞を受賞されたので、今日のテーマはオートファジーだ。オートファジーとは細胞のたんぱく質のリサイクルシステムのことだ。栄養の供給が十分でない時、生体は古くなった細胞内タンパクを自ら破壊してアミノ酸を生成し、生体に必要な新しいタンパクを合成する材料としてそれを利用するシステムだ。このオートファジーは、糖尿病やパーキンソン病、がんなどと関係しているらしい。そこで、今回は話題のオートファジーがどのように糖尿病と関連するのか調べてみた。
糖尿病の重大な合併症の一つに血管障害があるが、大血管系が障害されると心臓血管障害が引き起こされるし、小血管系が障害されると治癒障害が引き起こされる。こういった血管障害は血管内皮細胞の機能障害に起因するわけだが、高血糖状態が血管内皮細胞の増殖や分化などの機能にネガティブな影響を及ぼすのだ。糖尿病における血管内皮細胞の機能障害の機序については最近まで多くが不明だった。
ところで、最近になって、この糖尿病の血管内皮細胞の機能障害にはオートファジーが関与することが明らかになってきている。具体的には、高血糖下においては血管内皮細胞においてオートファジーが誘導され、ミトコンドリアの酸化ストレスの亢進と共に、血管内皮細胞の機能障害を起こすことが報告されている(1)。
これは糖尿病とオートファジーとの関連性を示す一部の例に過ぎない。自己を解体し新たな体を自ら創り出すことは生命の本質だ。オートファジーとは生命現象の本質のところだけに、多くの疾患の発症原因の根本の部分とかかわっているということだ。その機構の解明がノーベル賞に値することは十分理解できる。
参考文献:
(1)Biol Pharm Bull. 2014;37(7):1248-52.
Kim KA, Shin YJ, Akram M, Kim ES, Choi KW, Suh H, Lee CH, Bae ON.
インプラント周囲炎の起炎菌に関するメタアナリシス解析
今日は日本臨床歯周病学会から歯周インプラント認定医のサーティフィケートをいただいたので、テーマはインプラント周囲炎にする。
インプラント周囲炎は多くの細菌が関与することがわかっていたが、その起炎菌に関しては天然歯の歯周炎を引き起こす歯周病原菌と同様とする報告と、一般の歯周炎とは若干菌種が異なる、とする報告の両者が存在していた。最近、多くのインプラント周囲炎の起炎菌に関して、科学的根拠が強力とされているシステマティックレビューのメタアナリシス解析から、ほぼ5つの菌種が浮かび上がったことが報告されている(1)。
その報告によると、インプラント周囲炎の起炎菌として以下の5つの細菌が関係する。すなわち、Porphyromonas gingivalis, Treponema denticola, Tannerella forthysia, Prevotella intermedia, Campylobacter rectusの5つだ。このうち、前3者はレッドコンプレックスと呼ばれるものであり、後2者はオレンジコンプレックスと呼ばれるもので、天然歯の歯周病の起炎菌としてよく知られている 。
現在、インプラント周囲炎の治療プロトコールは確立されていないが、天然歯の歯周炎の起炎菌の特定が歯周炎の治療法を確立した通り、インプラント周囲炎の起炎菌の特定が、やはり治療プロトコールの確立につながることと思う。
参考文献(1):
プロバイオティクスの歯周ポケット内投与および口腔リンスは歯周病を改善する
昨日は糖尿病患者の歯周ポケット内へのスタチン局所投与が有効な話を書いたが、今日は全身的に健常な歯周病患者の歯周ポケット内へのプロバイオティクス投与が歯周病を改善するという報告(1)に着目したい。プロバイオティクスとは”生体に有益な微生物”をいうが、具体的には腸内細菌の乳酸菌Lactobacillus やビフィズス菌 Bifidobacterium をさす。
近年、プロバイオティクスはメディカルにおいて、胃腸疾患や気道感染症などに応用されているが、最近は歯科においてもその応用が着目されてきている。たとえば、虫歯の原因菌である悪玉のストレプトコッカス・ミュータンスを抑え込む善玉のプロバイオティクスを投与して虫歯を予防する試みが行われている。
歯周病の治療においても、最近、プロバイオティクスのトライアルが報告され始めている。プロバイオティクスはチューインガムや錠剤の形で提供されているが、本報告のように、プロバイオティクスの歯周ポケット内への局所投与を同剤の口腔リンスと併用して使用した報告はたぶん初めてだ。プロバイオティクス投与で歯周病が改善するならば結構なことだ。
昨日のスタチンといい、プロバイオティクスといい、メディカルですでに実績のある薬剤が歯科においても有効であることが明らかになることはよいことだ。メディカルとデンタルが、将来、融合していく可能性が示唆されて興味深い。
参考文献(1):
J Res Pharm Pract. 2016 Apr-Jun;5(2):86-93.
Penala S, Kalakonda B, Pathakota KR, Jayakumar A, Koppolu P, Lakshmi BV, Pandey R, Mishra A.
コレステロール値改善薬アトルバスタチンの局所投与で、糖尿病患者の歯周病が改善する
スタチンは、コレステロール値改善薬としてよく使用されている。アトルバスタチンはスタチンの一種だが、その局所投与が歯周病の改善に効果があることが最近のアメリカ歯周病学会誌に掲載されている(1)。局所投与の実際は、74人の糖尿病2型患者の歯周ポケットの中に、アトルバスタチンを1.2%の濃度でゲル状に調整し、シリンジで注入するというものだ。処置後6カ月と9カ月における観察では、歯周ポケットの深さ、アタッチメントレベル、骨欠損の深さをパラメーターとした場合、アトルバスタチン使用群は対照群と比較して、統計学的に有意に上記の歯周病のパラメーターが改善している。
この論文のポイントは、一つはなぜコレステロール値改善薬が歯周病に効くのか?という点だ。その作用機序の一つに、スタチンには抗炎症作用があることが挙げられている。また、スタチンはBMP(Bone Morphogenic Protein)の作用を増強し、骨芽細胞からのosteoprotegerinの分泌を促進することも知られているが、そういった作用も関係しているのだろう。
また、二番目のポイントは、なぜ本剤が糖尿病患者の歯周組織の破壊の回復に貢献するのか?という点だ。一般に、糖尿病患者は終末糖化産物(AGE=advanced glycation endo-products)のレベルが高まっていることが知られているが、このAGEは歯肉の循環障害を起こし、健全な歯周組織の構築を破壊し、バリヤー機能を低下させることがわかっている。スタチンは、この糖尿病患者で多く蓄積されているAGEを減少させることが、糖尿病患者の歯周病改善に効果を発揮する理由であろうと推測されている。
通常、歯周病に対する薬剤の局所投与は抗菌薬を用いるのが一般的だが、本論文のそれはコレステロール改善薬である点が面白い。そして、糖尿病患者だからこそ有効という点も、また面白い。さらに、歯周ポケット内にペースト状の薬剤をさすだけで、歯周組織の破壊が回復する点も極めて興味深い。抗菌薬では炎症の進行を止めることは可能だが、組織の再生までは期待できないと思われているからだ。また、歯周病は糖尿病の第6の合併症といわれているが、こういった簡便な方法で糖尿病患者の歯周病が改善出来たら、糖尿病患者の歯周治療の幅が広がってよいことだ。
シリンジによるポケット内への薬剤投与で歯周病が改善するなら、それは大変に結構なことだろう。
参考文献:
(1)J Periodontol. 2016 Nov;87(11):1278-1285.
Kumari M, Martande SS, Pradeep AR, Naik SB.
多血小板フィブリンは骨内欠損への移植材として使用できる
最近の米国歯周病学会誌から興味深い論文を紹介する。歯周病に起因する骨内欠損に対する治療法としては、従来、何らかの骨補填材を移植して、骨内欠損量を減少させる方法が一般的だ。自家骨移植がいつの時代もゴールドスタンダードで、最も骨再生能が高いことはよく知られている。が、実際は骨採取が侵襲的なので、いわゆる骨補填材が移植されることが多い。凍結脱灰乾燥骨DFDBA(Demineralized friezed dried bone allograft)は、よく知られた骨補填材で、死体から採取した骨を脱灰乾燥処理した材料で、歯周病治療・インプラント治療において一般的に使用されている。
今回、この骨内欠損部にいわゆる骨補填材を移植する代わりに、多血小板フィブリンを単独で使用し、6か月後にDFDBAと同程度に骨再生を認めたという論文が最近のジャーナル・オブ・ペリオドントロジーに掲載されているのを見つけた(1)。多血小板フィブリンは魅力的な生体材料で、手術直前に患者さんから採血し、その自己血を遠心分離することにより、簡便に調達できる安心、安全な材料である。
骨内欠損部に自家骨やDFDBAを移植すると骨が再生する理由は両者が活性の高い細胞増殖因子をリリースする能力があるからだ。そのDFDBAと同等に骨を再生できるということは、多血小板フィブリンも高い活性をもつ細胞増殖因子を包含しているということだ。再生療法のキーポインの一つは、再生能力のある細胞に働きかけてしっかり仕事をさせることであるが、骨の再生であれば骨芽細胞にしっかり仕事をしてもらえるようなサイトカインを局所に置いてくることが重要だ。多血小板フィブリンは豊富なサイトカインを包含しているため細胞増殖因子として利用出来るということになると、他の商品化されている細胞増殖因子よりも安価に調達できるところが魅力だ。
只、難点は、フィブリンは採取しやすいが、扱いが粒子状の骨補填材よりも難しいことだ。グニャグニャしたグル状なので骨欠損部の周囲組織と固定するのがやや難しい。欠損部にしっかり固定しないと、留置しても逸脱すれば全く効果は期待できない。
多血小板フィブリンは臨床的に魅力的な材料なので、日々の臨床に欠かせない。今後、多くの追跡調査で骨移植材としての評価が確立される日を待ちたい。
参考文献:
セレックシステムと生理的咬合
昨日はデジタルデンティストリーに触れたので、今日のテーマはセレックでいこう。セレックはデジタルデンティストリ―の代表格であり、ドイツSIRONA社のCAD/CAM歯冠修復システムだ。プレパレーションされた歯をスキャナーで光学印象し、コンピューター上でデザインされたインレー、アンレー、フルクラウン、ブリッジをコンピューター制御のミリングマシンでセラミックブロックから削り出すことでセラミック補綴物を製作するシステムである。このシステムの最も重要な部分は、支台歯の形態をスキャナーが取り込むと、デザイナーが一から歯冠形態をデザインするのではなく、隣在歯や対合歯列の形態から、バイオジェネリックと呼ばれる膨大なデータベースから適切と思われれる歯冠形態をコンプーターが自動計算で選択、提供してくれるところにある。歯科技工士がデジタルでワックスアップするように歯冠形態をデザインするわけではない(もちろん時間がかかるが、そういう使い方もできる)。
さて、そのバイオジェネリックだが、対合歯列形態を光学的に取り込んで、咬頭嵌合位で作業模型と接触させているだけなので、平均値咬合器上で歯冠形態を作っていることになる。これを、半調節性咬合器上での作業に匹敵させたければ、咬合器モードを使用して顆路角を入力すればアアナログ咬合器の限界運動がデジタル的に再現できる。
したがって、セレックシステムを用いて出来る限り無調整でセットできるような、患者さん固有の顎運動に調和した歯冠修復物をつくりたければ、いまのところ現在のアナログ咬合器が必要とする情報を与えさえすれば、アナログ咬合器と同程度の精度で患者さん固有の顎運動に調和したものがつくれるはずだ。しかし、この条件を入力するには、昨日のテーマの下顎運動解析装置があればデジタルで容易に連携できるが、そうでなければ面倒なのでバイオジェネリック一発で作製しがちだ。そうすると生理的なものが出来上がる確率は低くなる。咬頭干渉が起り、セット後、咬合調整が必要になる。自分が、無調整でセット可能な補綴物をセレックシステムで作製している方法は、口腔内で生理的に機能することをプロビで確認しておき、そのプロビをコピー法で作製する方法だ。これだと機能的な歯冠形態をコピーするので、無調整でセットできる確率がぐっと高まる。
そういう意味で、歯をデザイン、そしてミリングするシステムと下顎運動解析装置の連動はとても有意義だ。さらに将来の課題だろうが、患者特有の顎顔面のCT画像や顔貌写真を下顎運動と合成し、三次元的な患者固有の咀嚼運動の様子をマクロレベルで画面上に表現し、リアルな個性を持った患者の生理的な咀嚼運動を3Dグラフィックで表現してくれたらうれしい。そして、そのような顎運動にマッチする歯冠形態を作ってくれ、という指令を出すと短時間のうちに生理的咬合にそぐう歯冠形態が支台歯上にデザインされるとさらに楽しい。口腔内で行われる咀嚼運動は、通常、口の中から観察できないのだが、その咬合様式が、口腔内に入っている小人が観察しているような按配で、3Dグラフィックで表現されたら楽しいだろうな。これは、ものすごい説得力のあるプレゼンになるだろう。
下顎運動解析装置
デジタルデンティストリーはますます広がっている。先日、デンタルショーで下顎運動解析装置を見かけた。下顎運動解析装置とは、下顎の三次元的運動を電子的に記録する装置だ。具体的には、下顎運動を表現できる定点を生体上に設け、超音波などを利用したセンサーでその定点の三次元運動を計測し、コンピューター画面上で患者固有の下顎運動を三次元的に再現できるものだ。定点を顎関節付近に設定すると、下顎頭の運動解析が可能だし、咬合平面に設定すると下顎歯列全体の運動解析ができる。タイプによっては、メーカーが保有しているCT撮影装置やCAD/CAMによる補綴物作製ミリングマシン、そして咬合器と連携して作動させることが出来る。日本国内で入手可能な小型機種だけでも、KaVo Dental社のARCUSdigmaⅡ、GAMMA DENTAL社のCadiax、Sirona Dental社のSicat FunctionとJMTシステムがある。
デジタル好きの自分としては、極めて興味深いものだが、このようなシステムの導入にあたっては、こういった機械でいったい何ができるのかという本質をとらえておくことが重要と思う。アナログの咬合器に石膏模型をトランスファーするための顆路角測定だけではもったいない。メーカーが謳うところの本機種使用の利点として、一つには、患者固有の咬合を咬合器にトランスファーすることでセット時の咬合調整を最小限に減らせることをあげている。また、咀嚼運動パターンの解析から、咬合干渉の有無を識別できるので、その患者の咬み合わせ運動が生理的なものか不自然で改善の余地があるものかを判読できる。同様に顎関節に観測点をおけば、顎関節における下顎頭の運動が生理的なものか否かを判読することもできる。
ところでだ、咬合論なるものは歯科で多く存在し、どういった咬合様式が最善であり、必ずこの咬合様式を付与すべきであるという、統一的な咬合様式は現時点で存在しない。過去から現在まで、咬合論は多く存在し、進化し続けている。”セントリックリレーション”の定義の変遷が示すように、咬合論を展開するための補綴学用語の定義もめまぐるしく変遷を続けている。こういった状況下で、下顎運動解析装置が提供する情報はあくまで上顎骨、下顎骨、顎関節に限定されているので、このデジタル情報を、従来のアナログ咬合器からデジタル咬合器への変換に利用するだけでは真価をあまねく発揮しているとはいいがたい。
下顎運動解析装置は、究極的には快適に咀嚼でき、顎口腔系の筋肉が無用の緊張を引き起こすことのない咬合システムの構築に寄与しなければならないだろう。となると、顎口腔系の筋肉の緊張状態が反映されるシステムが必要であり、全身骨格や全身の筋肉とシンクロしていることを反映しているパラメーターと連動されて使用されるべきだろう。具体的には、下顎運動を解析する際には、全身の脊椎X線写真や全身の骨格筋の緊張状態を示すパラメーター、あるいは自律神経の緊張状態とリンクさせて、ダイナミックな全身運動の一環としての下顎運動の三次元表記という視点が望まれる。デジタルデンティストリーは全身のバイオメカニクスとリンクした時、歯科界に革命的変化が起ると予想される。