2016年12月
インプラント周囲炎の起炎菌に関するメタアナリシス解析
今日は日本臨床歯周病学会から歯周インプラント認定医のサーティフィケートをいただいたので、テーマはインプラント周囲炎にする。
インプラント周囲炎は多くの細菌が関与することがわかっていたが、その起炎菌に関しては天然歯の歯周炎を引き起こす歯周病原菌と同様とする報告と、一般の歯周炎とは若干菌種が異なる、とする報告の両者が存在していた。最近、多くのインプラント周囲炎の起炎菌に関して、科学的根拠が強力とされているシステマティックレビューのメタアナリシス解析から、ほぼ5つの菌種が浮かび上がったことが報告されている(1)。
その報告によると、インプラント周囲炎の起炎菌として以下の5つの細菌が関係する。すなわち、Porphyromonas gingivalis, Treponema denticola, Tannerella forthysia, Prevotella intermedia, Campylobacter rectusの5つだ。このうち、前3者はレッドコンプレックスと呼ばれるものであり、後2者はオレンジコンプレックスと呼ばれるもので、天然歯の歯周病の起炎菌としてよく知られている 。
現在、インプラント周囲炎の治療プロトコールは確立されていないが、天然歯の歯周炎の起炎菌の特定が歯周炎の治療法を確立した通り、インプラント周囲炎の起炎菌の特定が、やはり治療プロトコールの確立につながることと思う。
参考文献(1):
プロバイオティクスの歯周ポケット内投与および口腔リンスは歯周病を改善する
昨日は糖尿病患者の歯周ポケット内へのスタチン局所投与が有効な話を書いたが、今日は全身的に健常な歯周病患者の歯周ポケット内へのプロバイオティクス投与が歯周病を改善するという報告(1)に着目したい。プロバイオティクスとは”生体に有益な微生物”をいうが、具体的には腸内細菌の乳酸菌Lactobacillus やビフィズス菌 Bifidobacterium をさす。
近年、プロバイオティクスはメディカルにおいて、胃腸疾患や気道感染症などに応用されているが、最近は歯科においてもその応用が着目されてきている。たとえば、虫歯の原因菌である悪玉のストレプトコッカス・ミュータンスを抑え込む善玉のプロバイオティクスを投与して虫歯を予防する試みが行われている。
歯周病の治療においても、最近、プロバイオティクスのトライアルが報告され始めている。プロバイオティクスはチューインガムや錠剤の形で提供されているが、本報告のように、プロバイオティクスの歯周ポケット内への局所投与を同剤の口腔リンスと併用して使用した報告はたぶん初めてだ。プロバイオティクス投与で歯周病が改善するならば結構なことだ。
昨日のスタチンといい、プロバイオティクスといい、メディカルですでに実績のある薬剤が歯科においても有効であることが明らかになることはよいことだ。メディカルとデンタルが、将来、融合していく可能性が示唆されて興味深い。
参考文献(1):
J Res Pharm Pract. 2016 Apr-Jun;5(2):86-93.
Penala S, Kalakonda B, Pathakota KR, Jayakumar A, Koppolu P, Lakshmi BV, Pandey R, Mishra A.
コレステロール値改善薬アトルバスタチンの局所投与で、糖尿病患者の歯周病が改善する
スタチンは、コレステロール値改善薬としてよく使用されている。アトルバスタチンはスタチンの一種だが、その局所投与が歯周病の改善に効果があることが最近のアメリカ歯周病学会誌に掲載されている(1)。局所投与の実際は、74人の糖尿病2型患者の歯周ポケットの中に、アトルバスタチンを1.2%の濃度でゲル状に調整し、シリンジで注入するというものだ。処置後6カ月と9カ月における観察では、歯周ポケットの深さ、アタッチメントレベル、骨欠損の深さをパラメーターとした場合、アトルバスタチン使用群は対照群と比較して、統計学的に有意に上記の歯周病のパラメーターが改善している。
この論文のポイントは、一つはなぜコレステロール値改善薬が歯周病に効くのか?という点だ。その作用機序の一つに、スタチンには抗炎症作用があることが挙げられている。また、スタチンはBMP(Bone Morphogenic Protein)の作用を増強し、骨芽細胞からのosteoprotegerinの分泌を促進することも知られているが、そういった作用も関係しているのだろう。
また、二番目のポイントは、なぜ本剤が糖尿病患者の歯周組織の破壊の回復に貢献するのか?という点だ。一般に、糖尿病患者は終末糖化産物(AGE=advanced glycation endo-products)のレベルが高まっていることが知られているが、このAGEは歯肉の循環障害を起こし、健全な歯周組織の構築を破壊し、バリヤー機能を低下させることがわかっている。スタチンは、この糖尿病患者で多く蓄積されているAGEを減少させることが、糖尿病患者の歯周病改善に効果を発揮する理由であろうと推測されている。
通常、歯周病に対する薬剤の局所投与は抗菌薬を用いるのが一般的だが、本論文のそれはコレステロール改善薬である点が面白い。そして、糖尿病患者だからこそ有効という点も、また面白い。さらに、歯周ポケット内にペースト状の薬剤をさすだけで、歯周組織の破壊が回復する点も極めて興味深い。抗菌薬では炎症の進行を止めることは可能だが、組織の再生までは期待できないと思われているからだ。また、歯周病は糖尿病の第6の合併症といわれているが、こういった簡便な方法で糖尿病患者の歯周病が改善出来たら、糖尿病患者の歯周治療の幅が広がってよいことだ。
シリンジによるポケット内への薬剤投与で歯周病が改善するなら、それは大変に結構なことだろう。
参考文献:
(1)J Periodontol. 2016 Nov;87(11):1278-1285.
Kumari M, Martande SS, Pradeep AR, Naik SB.
多血小板フィブリンは骨内欠損への移植材として使用できる
最近の米国歯周病学会誌から興味深い論文を紹介する。歯周病に起因する骨内欠損に対する治療法としては、従来、何らかの骨補填材を移植して、骨内欠損量を減少させる方法が一般的だ。自家骨移植がいつの時代もゴールドスタンダードで、最も骨再生能が高いことはよく知られている。が、実際は骨採取が侵襲的なので、いわゆる骨補填材が移植されることが多い。凍結脱灰乾燥骨DFDBA(Demineralized friezed dried bone allograft)は、よく知られた骨補填材で、死体から採取した骨を脱灰乾燥処理した材料で、歯周病治療・インプラント治療において一般的に使用されている。
今回、この骨内欠損部にいわゆる骨補填材を移植する代わりに、多血小板フィブリンを単独で使用し、6か月後にDFDBAと同程度に骨再生を認めたという論文が最近のジャーナル・オブ・ペリオドントロジーに掲載されているのを見つけた(1)。多血小板フィブリンは魅力的な生体材料で、手術直前に患者さんから採血し、その自己血を遠心分離することにより、簡便に調達できる安心、安全な材料である。
骨内欠損部に自家骨やDFDBAを移植すると骨が再生する理由は両者が活性の高い細胞増殖因子をリリースする能力があるからだ。そのDFDBAと同等に骨を再生できるということは、多血小板フィブリンも高い活性をもつ細胞増殖因子を包含しているということだ。再生療法のキーポインの一つは、再生能力のある細胞に働きかけてしっかり仕事をさせることであるが、骨の再生であれば骨芽細胞にしっかり仕事をしてもらえるようなサイトカインを局所に置いてくることが重要だ。多血小板フィブリンは豊富なサイトカインを包含しているため細胞増殖因子として利用出来るということになると、他の商品化されている細胞増殖因子よりも安価に調達できるところが魅力だ。
只、難点は、フィブリンは採取しやすいが、扱いが粒子状の骨補填材よりも難しいことだ。グニャグニャしたグル状なので骨欠損部の周囲組織と固定するのがやや難しい。欠損部にしっかり固定しないと、留置しても逸脱すれば全く効果は期待できない。
多血小板フィブリンは臨床的に魅力的な材料なので、日々の臨床に欠かせない。今後、多くの追跡調査で骨移植材としての評価が確立される日を待ちたい。
参考文献:
セレックシステムと生理的咬合
昨日はデジタルデンティストリーに触れたので、今日のテーマはセレックでいこう。セレックはデジタルデンティストリ―の代表格であり、ドイツSIRONA社のCAD/CAM歯冠修復システムだ。プレパレーションされた歯をスキャナーで光学印象し、コンピューター上でデザインされたインレー、アンレー、フルクラウン、ブリッジをコンピューター制御のミリングマシンでセラミックブロックから削り出すことでセラミック補綴物を製作するシステムである。このシステムの最も重要な部分は、支台歯の形態をスキャナーが取り込むと、デザイナーが一から歯冠形態をデザインするのではなく、隣在歯や対合歯列の形態から、バイオジェネリックと呼ばれる膨大なデータベースから適切と思われれる歯冠形態をコンプーターが自動計算で選択、提供してくれるところにある。歯科技工士がデジタルでワックスアップするように歯冠形態をデザインするわけではない(もちろん時間がかかるが、そういう使い方もできる)。
さて、そのバイオジェネリックだが、対合歯列形態を光学的に取り込んで、咬頭嵌合位で作業模型と接触させているだけなので、平均値咬合器上で歯冠形態を作っていることになる。これを、半調節性咬合器上での作業に匹敵させたければ、咬合器モードを使用して顆路角を入力すればアアナログ咬合器の限界運動がデジタル的に再現できる。
したがって、セレックシステムを用いて出来る限り無調整でセットできるような、患者さん固有の顎運動に調和した歯冠修復物をつくりたければ、いまのところ現在のアナログ咬合器が必要とする情報を与えさえすれば、アナログ咬合器と同程度の精度で患者さん固有の顎運動に調和したものがつくれるはずだ。しかし、この条件を入力するには、昨日のテーマの下顎運動解析装置があればデジタルで容易に連携できるが、そうでなければ面倒なのでバイオジェネリック一発で作製しがちだ。そうすると生理的なものが出来上がる確率は低くなる。咬頭干渉が起り、セット後、咬合調整が必要になる。自分が、無調整でセット可能な補綴物をセレックシステムで作製している方法は、口腔内で生理的に機能することをプロビで確認しておき、そのプロビをコピー法で作製する方法だ。これだと機能的な歯冠形態をコピーするので、無調整でセットできる確率がぐっと高まる。
そういう意味で、歯をデザイン、そしてミリングするシステムと下顎運動解析装置の連動はとても有意義だ。さらに将来の課題だろうが、患者特有の顎顔面のCT画像や顔貌写真を下顎運動と合成し、三次元的な患者固有の咀嚼運動の様子をマクロレベルで画面上に表現し、リアルな個性を持った患者の生理的な咀嚼運動を3Dグラフィックで表現してくれたらうれしい。そして、そのような顎運動にマッチする歯冠形態を作ってくれ、という指令を出すと短時間のうちに生理的咬合にそぐう歯冠形態が支台歯上にデザインされるとさらに楽しい。口腔内で行われる咀嚼運動は、通常、口の中から観察できないのだが、その咬合様式が、口腔内に入っている小人が観察しているような按配で、3Dグラフィックで表現されたら楽しいだろうな。これは、ものすごい説得力のあるプレゼンになるだろう。
下顎運動解析装置
デジタルデンティストリーはますます広がっている。先日、デンタルショーで下顎運動解析装置を見かけた。下顎運動解析装置とは、下顎の三次元的運動を電子的に記録する装置だ。具体的には、下顎運動を表現できる定点を生体上に設け、超音波などを利用したセンサーでその定点の三次元運動を計測し、コンピューター画面上で患者固有の下顎運動を三次元的に再現できるものだ。定点を顎関節付近に設定すると、下顎頭の運動解析が可能だし、咬合平面に設定すると下顎歯列全体の運動解析ができる。タイプによっては、メーカーが保有しているCT撮影装置やCAD/CAMによる補綴物作製ミリングマシン、そして咬合器と連携して作動させることが出来る。日本国内で入手可能な小型機種だけでも、KaVo Dental社のARCUSdigmaⅡ、GAMMA DENTAL社のCadiax、Sirona Dental社のSicat FunctionとJMTシステムがある。
デジタル好きの自分としては、極めて興味深いものだが、このようなシステムの導入にあたっては、こういった機械でいったい何ができるのかという本質をとらえておくことが重要と思う。アナログの咬合器に石膏模型をトランスファーするための顆路角測定だけではもったいない。メーカーが謳うところの本機種使用の利点として、一つには、患者固有の咬合を咬合器にトランスファーすることでセット時の咬合調整を最小限に減らせることをあげている。また、咀嚼運動パターンの解析から、咬合干渉の有無を識別できるので、その患者の咬み合わせ運動が生理的なものか不自然で改善の余地があるものかを判読できる。同様に顎関節に観測点をおけば、顎関節における下顎頭の運動が生理的なものか否かを判読することもできる。
ところでだ、咬合論なるものは歯科で多く存在し、どういった咬合様式が最善であり、必ずこの咬合様式を付与すべきであるという、統一的な咬合様式は現時点で存在しない。過去から現在まで、咬合論は多く存在し、進化し続けている。”セントリックリレーション”の定義の変遷が示すように、咬合論を展開するための補綴学用語の定義もめまぐるしく変遷を続けている。こういった状況下で、下顎運動解析装置が提供する情報はあくまで上顎骨、下顎骨、顎関節に限定されているので、このデジタル情報を、従来のアナログ咬合器からデジタル咬合器への変換に利用するだけでは真価をあまねく発揮しているとはいいがたい。
下顎運動解析装置は、究極的には快適に咀嚼でき、顎口腔系の筋肉が無用の緊張を引き起こすことのない咬合システムの構築に寄与しなければならないだろう。となると、顎口腔系の筋肉の緊張状態が反映されるシステムが必要であり、全身骨格や全身の筋肉とシンクロしていることを反映しているパラメーターと連動されて使用されるべきだろう。具体的には、下顎運動を解析する際には、全身の脊椎X線写真や全身の骨格筋の緊張状態を示すパラメーター、あるいは自律神経の緊張状態とリンクさせて、ダイナミックな全身運動の一環としての下顎運動の三次元表記という視点が望まれる。デジタルデンティストリーは全身のバイオメカニクスとリンクした時、歯科界に革命的変化が起ると予想される。
歯根破折を起こす確率とその上部に乗せる全部被覆冠のマテリアルとは関係ない
根管充填を終えて、その上部に全部被覆冠を乗せて治療を完結させたとしよう。その歯が、将来、歯根破折を起こす確率と上部に乗せる全部被覆冠の質(例えばジルコニアフルミリング冠、メタル冠、ポーセレンメタルボンド冠、ポーセレンジルコニアボンド冠、レジン前装冠、セラミックCAD/CAM冠など)とは関係があるのだろうか。そういう疑問を持っていたところ、ヒントになる論文を見付けた(1)。
その論文の報告によると、根管充填を終了した歯が歯根破折を起こす確率と、上部に乗せる全部被覆の質とは相関関係がない。むしろ、歯根破折と関係する要因は、支台築造をファイバーポストとレジンのコンビネーションにするか、ファイバーポストを使用せずレジン単独にするか、の違いの方が大きく関係する。ファイバーポストを使用した方が破折しにくい。
この結論から類推すると、2008年の時点では調査対象にジルコニアフルミリングクラウンはまだ入っていなかったが、現在同様の調査をジルコニアを含めて行えばやはり同様の結果になるのではないかと思う。つまり、根管治療を終えた歯にジルコニアフルミリングクラウンを乗せようと、e-max cad/cam冠を乗せようと、ゴールド冠を乗せようと、金銀パラジウム合金を乗せようと、咬合調整を完璧に行っておけば、上部に乗せるフルクラウンのマテリアルの差は歯根破折のリスクにあまり関係しないのではないか。ただし、この疫学調査は各施設間で咬合調整能力に差がないという前提で行われる必要があるが。
参考文献:
(1)J Endod. 2008 Jul;34(7):842-6.
Salameh Z1, Sorrentino R, Ounsi HF, Sadig W, Atiyeh F, Ferrari M.
マイクロスコープ
今日、高松市歯科医師会の学術講演会でマイクロスコープの有意義な話を聞いてきたので、今日のテーマはマイクロスコープにしよう。本日の講師は磯崎裕騎先生。彼はわれわれの歯科医師会の会員であるが、Dr.ビーチから直接薫陶を受け、現在PD(Proprioceptive deriviation固有感覚由来)システムとして知られる人間の生理的感覚に根差した合理的な身体の動きを診療のベースとする歯科診療哲学の伝道者として全国を講演しておられる多忙でご高名な先生である。その磯崎先生のマイクロスコープ入門セミナーを地元高松で半日コースで聴講できたのはラッキーといえる。
さて、マイクロに関しては、ある疑問があったのだが、本日の講演を聞いてその疑問は解消された。当初の疑問とは、マイクロは大きな顕微鏡なので一度、患者さんの口の上に設定すると、治療中に対物レンズの位置をそうしょっちゅは変えることはできないはずで、そうであるなら対物レンズをあまり動かす必要のないエンドには適応できるが、支台歯形成などの補綴治療や歯周外科手術、レジン充填などの保存修復、エンドサージェリーなどは見たい方向は一方向だけではなく、対象を360度ぐるぐる四方から観察する必要があるのだが、その場合は見たいところに術者の体位を移動させれば見にいけるガリレアンルーペの方が機動力というか、見たいところに直観的な体の使い方でアクセス出来るわけだから、マイクロは歯科臨床のあらゆる局面で活用することが少々難しいのでは?という懸念であった。
しかし、その懸念は誤りだった。結論から言うと、マイクロスコープ下でも削りたい歯を360度ぐるり四方から見渡すことは可能であることがわかった。それがPDシステムの真骨頂で、デンタルミラーをうまく指先でコントロールすることで、すべての見たい面をミラーで見ることが可能なのだ。この時、上体は動かさないので対物レンズはそのままで、ミラーの位置だけ変えることで目は同一方向から対象周囲を観察し、歯のすべての面をプレパレーション出来る。つまり、ミラーテクニックをマスターすればマイクロは難無く、歯科臨床のあらゆる局面で利用可能ということである。つまり、PDシステムを取り入れればマイクロスコープ歯科臨床の多くの局面で活用出来るのである。
マイクロスコープは20倍まで拡大可能だが,ガリレアンルーペはせいぜい8倍、マックス10倍であるから、やはりマイクロスコープの方が大きく拡大して見ることができる。しかも、マイクロは優れた光学レンズであるアポクロマートレンズを使用していれば、ガリレアンルーペより明るく、シャープな画像が見れる。拡大率が高いことは精度につながるので、やはりマイクロはルーペよりも優れている。
というわけで、マイクロスコープは、近い将来、是非診療室に備えなければならない必須のツールと認識した。
ジルコニアセラミック・レストレーションの長期予後(2)
昨日はジルコニアセラミック・レストレーションの7年間の良好な長期予後を報告した文献を紹介した。その5年生存率(5年間トラブルを起こさず存在している確率)はインプラントで98.3%、天然歯で97.3%という非常に良いものだった。今日は、同様の報告で、少し低い成功率の文献を紹介する。後者のものでは、ジルコニア・レストレーション(ジルコニアをベースとしてレイヤリングセラミックでカバーしたもの)の3-5年の破折率は6-15%であるのに対し、従来のセラモメタル・レストレーションのそれは4-10%であり、破折率が従来のセラモメタル・レストレーションよりも高いことを報告している(1)。
自分の臨床実感も後者のものに一致しており、いわゆるジルコニアボンドと呼ばれるレストレーションは、よくチップするように思う。レイヤリングセラミックの一部がジルコニアフレームから剥離するトラブルを何度も経験しており、今では自分の臨床の中からジルコニアボンドは消えている。後者の報告は文献レビューであり、複数の報告者のデータの総括であるから、歯科医やテクニシャンの臨床精度に差があることが想像される。多くのデータの中には必ずしも卓越した術者やテクニシャンによるものだけではないものも含まれているならば、後者のものこそ現実的な評価として受け止めていいのかもしれない。
さて、ジルコニア冠はレイヤリングセラミックとボンディングするとあまりよくないのだが、ジルコニアフルミリング冠ではどうだろう?ジルコニアは超硬く、単体で使用する分にはおそらく冠そのもののフラクチャーはないだろう。あるとしたら、対合や支台歯の破折、あるいは歯槽骨の吸収だが、自分の直観では、咬合調整を完璧に行っておけばそういったことは起こらないのではないかと思う。支台歯に加わる力を完璧にコントロールできれば、支台歯をコーピングするマテリアルの硬さは支台歯や歯周組織に伝達される力を著しく修飾するようなことはないと思うのだが。この点については、今後、ジルコニアフルミリングクラウンの長期予後報告を待ちたい。
参考文献:
ジルコニアセラミック・レストレーションの長期予後(1)
今のところ、ジルコニアは最も硬いセラミックだ。そのモース硬度は8から8.5とサファイヤ、ルビーに次いで硬く、ビッカース硬度は1,300もあり、エナメル質が400程度、保険で主に用いられる金銀パラジウム合金が285、保険外診療で用いられるプレシャスあるいはセミプレシャスメタルが210~300であるから、天然歯表面や歯科用金属よりもはるかに硬い。このように十分硬く、その強度を信頼できるものだから、従来のメタル・レストレーションからオールセラミック・レストレーションへの転換トレンドに乗り、最近では天然歯およびインプラントに用いても破折しないだろうとの考えから、ずいぶんそれらに乗せる修復物として使用されてきている。当院でも、多くの天然歯およびインプラント上部のクラウンやブリッジに使用している。
ところで、天然歯表面よりはるかに硬いものを天然歯やインプラントの上に乗せて咬ませてもいいのか?という疑問があり、ジルコニアの臨床応用開始当初から議論されている。天然歯よりもはるかに硬いものを天然歯に乗せた場合、対合歯を損傷したり、支台歯そのものが破折したり、支台歯の周囲歯槽骨を破壊したりしないか?という懸念からである。こういう場合は、いくら議論をしても結論は出ないわけで、こういう時こそ疫学調査がものをいう。
ジルコニアセラミックが臨床の場に登場してそれほど時間がたっていないので、10年の長期予後を報告した文献の入手は難しいが、それでも最近、7年間のジルコニアセラミック冠の臨床統計報告を見つけた(1)。その報告で用いられたジルコニアセラミックレストレーションの詳細は、ジルコニアフレームをべニア用陶材のレイヤリングでカバーしたものであるが、そのようなデザインのジルコニア冠のべニアセラミックの5年間のカプランマイヤー生存率(つまりべニア部分がチッピングしない確率)は、インプラント上で98.3%、天然歯上で97.3%、という優れたものである。そして、7年間の追跡調査の結果、ジルコニアクラウンは良好な結果を約束する修復法であると結論付けている。
この数値が正しければ、ジルコニアセラミック・レストレーションは信頼できるといえる。ただし、この統計に使用された症例はすべて20年以上の経験を有する一人のベテラン補綴歯科医であり、技工物も一人の経験豊富なエキスパートテクニシャンが手掛けたと書いている。つまり、技工と補綴治療のクオリティーが秀逸であれば、同一の歯科医とテクニシャンが作りだしたものに限定しているだけに、データは平均以上の良い数値が出る可能性があるのかもしれない。
参考文献: