COVID-19と歯周病

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染がパンデミックとして世界的に拡大し、その人類社会に及ぼす影響のマグニチュードは極めて大きく、海外の多くの国で医療崩壊を引き起こし、経済面でも我が国を含めて全世界がリーマンショックのレベルを超え、前世紀の大恐慌に匹敵する大打撃を被ろうとしています。

さまざまの業界が非常事態宣言の下で営業を自粛し始めており、景気の低迷が起こっています。歯科界も同様で、診療面でも、経営面でも大きな変化が起こりつつあります。
アメリカの現在(4月10日時点)の歯科事情に関する現地からの情報によれば、多くの歯科医療機関は州政府の要請により、あるいは歯科医師会の自発的判断で、緊急の処置を除いて一般の歯科処置や予防処置は自粛しているとのことです。緊急処置に対応するための最低限のスタッフを残し、多くの歯科医師や歯科衛生士、受付などのスタッフは自宅待機をし、休業に近い状態を余儀なくされているとのこと。

僕は、歯科界のこの対応は必ずしもベストではないのではないかと思っています。というのは、強い歯痛などの急性歯髄炎はもちろんのこと、急性症状を伴わない慢性炎症である歯周病に対しても、その治療の一環としての口腔ケアなどもこの時期だからこそ、あえて継続すべきだと考えているからです。というのは、口腔ケアは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に併発する細菌性肺炎の予防や症状緩和に効果があると思えるからです。それどころか、COVID-19ウイルスの感染そのものに対しても抑制的に働く可能性があるのです。

以下、歯科が行う地域住民の口腔ケアが新型コロナウイルスの感染拡大を抑制すること、もしくは緩やかな感染拡大を成功させることに貢献する科学的根拠を示します。

(1) Q : 健康な肺に細菌やウイルスはいるのか?⇒A:健康な肺に細菌は存在しない

肺炎はどうして起こるのでしょうか?下気道(気管、気管支、肺胞)は本来、無菌状態です。たとえ上気道から下気道へ細菌が移動したとしても咳反射で下気道から上気道に押し返します。また、気管支は気管支腺から分泌される粘液と気道上皮細胞の線毛運動により、表面の細菌や塵埃(じんあい)は洗い流されて上気道へ排出されるようになっています。万一、肺まで細菌がたどり着いたとしても肺胞マクロファージという細菌やウイルスを食べる食細胞が存在しているので、迷い込んできた細菌やウイルスはこれに食べられ、肺の中に細菌やウイルスは本来、存在しません。

(2) Q:普段は無菌的な肺にどうして細菌やウイルスが入ってくるのか?⇒A:  病気を起こさせるのに十分な量に増殖した上気道常在細菌が、誤嚥によって下気道に定着し、日和見感染によって発症する。ウイルスについては後述。
では、細菌やウイルスがいない肺にどうして細菌やウイルスがやってくるのでしょう?
それは上気道(鼻腔、咽頭腔)にポイントがあります。ウイルスについては、常在するものもいますが大部分はインフルエンザウイルスのように体の外から入ってきて肺に定着し、ウイルス性肺炎を起こします。外界のウイルスが下気道に定着する機序については後述します。
細菌については、上気道の常在細菌群が肺に移動して細菌性肺炎を起こします。以下で詳しく説明します。

上気道は健常な人でも非常に多くの種類の細菌が共生しており、こういった細菌の集落を常在菌叢(マイクロバイオーム)といいます。たとえば、上気道には、肺炎球菌Streptococcus pneumoniae、 インフルエンザ菌Hemophilus influenzae、 モラキセラ・カタラーシスMoraxella catarrhalis などの潜在性に病原性をもついわゆる病原菌が、病原性を持たないViridance streptococci、nonhemolytic streptococci 等の細菌群と共存あるいは拮抗して常在しています。そして、病原菌群は普段は宿主に病気を起こすほどの力を持たずおとなしくしています。なぜなら、唾液中にはこれらの細菌の増殖を抑え込む多くの種類の抗菌性タンパク質(たとえばリゾチーム、ヒスタチン、シスタチン、ディフェンシン、ペルオキシダーゼ、ラクトフェリン、フィブロネクチン、スリピなど多数存在することが知られている)が分泌されて細菌の増殖を押さえ込む力が働いているからです(1)。さらに細菌同士の競合により一定のバランスが保たれる仕組みがあるからです。わかりやすくいうとお互いがお互いを見張り合って、特定の細菌がのさばって数を増やさないように牽制し合う仕組みが細菌の社会にあるのです。ですから、前述した病原菌群は普段は劣勢に抑え込まれているので無害です。

ところが何らかの原因で宿主側と常在細菌叢との平衡関係が乱れると、上気道常在菌のうち、潜在性の病原性を持ちながらもこれまでおとなしくしていた弱毒菌が居直って急激に優勢になり病原性を発揮します。このような事情で病気を起こす場合、二つのパターンがあります。
一つはもともと存在していた場所で急に増殖して病気を起こすパターンです。普段から咽頭粘膜に存在する肺炎球菌Streptococcus pneumoniae などが急に増殖して急性上気道炎(かぜ症候群)を起こすのがその例です。
もう一つは、普段は住み着いていない場所に移って増殖して病気を起こす場合で、大腸菌が本来の住処である大腸から小腸に移って増殖して下痢を起こしたり、胆道や膀胱、腎盂などに移って増殖して胆道炎や腎盂腎炎を起こすのがその例です。上気道に存在していた肺炎球菌などが、下気道に移動して肺炎が成立するのも後者のパターンです。このような感染を日和見感染と呼んでいます(2)。

また、感染が成立するためには、これは歯周病が急性症状を発現する場合と同じなのですが、次の二つの状況が考えられます。
(1) 防御機構が傷害された場合
(2) 正常な宿主の防御機構を上回る大量の細菌がやってきた場合

ところで、本題のなぜ無菌的な下気道に病原性を持つ細菌がやってくるのかといいますと、「何らかの原因」で日和見感染により異常に増殖した病原性をもつ上気道常在細菌が、「ある理由」で上気道から下気道に移動するからです。
この「何らかの原因」とは宿主の抵抗性を減退させるような要因であり、具体的には、ステロイドホルモン、免疫抑制剤、抗生物質、制癌剤、放射線治療、老化、栄養不足、過労、大手術、精神的ストレス、糖尿病、白血病、インフルエンザなどです。
また、「ある理由」とは誤嚥(ごえん)です。誤嚥とは、本来は咽頭を経由して食道、胃へと運ばれるべき食物や唾液が気道に運ばれる現象です。誤嚥は加齢により徐々に起こることもありますが、実は健常者にも普通に起こっています。不顕性誤嚥といって睡眠時に口腔・鼻咽喉の分泌物が気管に紛れ込む現象は健常者でも珍しくありません(3)。介護されている高齢者は筋力やせき反射が低下しているため、食事を誤って飲み込むというわかりやすい誤嚥(顕在性誤嚥)により肺炎をおこしますが、健常者はわかりにくい誤嚥(不顕性誤嚥)により上気道微生物を無菌状態の下気道に送り込んでいるのです。

まとめますと、細菌性肺炎は、病気を起こさせるのに十分な量まで日和見的に増殖した上気道常在細菌が、誤嚥によって下気道に定着し、発症します。

(3) Q: 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に併発する細菌性肺炎の予防や症状緩和に口腔ケアは効果があるか?⇒A: 効果がある
インフルエンザウイルスによって起こるインフルエンザ肺炎が重篤化し、死亡率を上げるのは、ウイルスの感染後間もなく、二次的に細菌性肺炎を併発するからです。例えば1918年のA型スペインインフルエンザ・パンデミックの死亡率を上げたのは二次性の細菌感染によるもので、死者の剖検ではほとんどの例で細菌性肺炎を伴っていました。また1957年のH2N2型インフルエンザ・パンデミックでは死者の3分の2以上が細菌性肺炎を伴っています。さらに、2009年のH1N1新型インフルエンザ・パンデミックでは全死亡例の29%に細菌感染を認めたと報告されました(4)。

新型コロナウイルスによって起こるCOVID-19肺炎は、少ない剖検例からの報告によれば、罹患肺の病理組織像は、急性呼吸窮迫症候群(ARDS:acute respiratory distress syndrome)の病理像に一致し、COVID-19と同様にコロナウイルス感染によって起こる2002年のSARSおよび2012年のMERSのそれと酷似しているとのことです(5)。COVID-19肺炎に伴う二次性の細菌感染に関する詳細な報告は今のところありませんが、中国からの死亡例の報告によれば細菌感染が死亡につながる重要な役割を果たしており(6)、また最新のEuropean Journal of immunologyからの報告ではSARSおよびMERSの経験から二次性の細菌性肺炎がCOVID-19の重症化の決定要素の一つにあげられています(7)。

このような二次性の細菌性肺炎を起こす細菌のリザーバー(貯蔵庫)は口腔や上気道であり、ここに住む細菌の存在はインフルエンザ肺炎のリスクファクターとなると指摘した報告は多くあります。(8,9)。では、インフルエンザウイルスやコロナウイルスに併発する細菌性肺炎を予防したり症状を緩和する方法はあるのでしょうか?実はその方法はあります。それが口腔ケアです。

さらに説明すると、肺に到達する病原性細菌のうち、口腔細菌の割合は大きいことが分かっています。肺に肺炎の起炎菌が到達するルートとして、吸気によるものもあるかもしれませんが、最近ではほとんどのルートが誤嚥であることが分かってきました。唾液1mm中には好気性菌が10の6乗個、嫌気性菌は10の7乗個ほど存在するといわれていますので、唾液や食物を直接肺に運び込む誤嚥は、大量の起炎菌を運ぶ感染ルートとして無視できない重大なものです(10)。

誤嚥により唾液中の歯周病原菌が下気道に運ばれ肺炎を引き起こすメカニズムとして、以下の4つの可能性が上げられています(11,12)。
・歯周病原菌(Porphyromonas gingivalis etc.)が誤嚥により肺に流入する
・歯周病原菌が唾液中に分泌する酵素が気道粘膜上皮を変化させる
・歯周病原菌が唾液中に分泌する酵素が気道粘膜を覆っている粘液の被膜を破壊する
・歯周組織由来のサイトカインが気道粘膜上皮を変化させる
以下に、上記の4項目のそれぞれについて説明します。

歯周病原菌(Porphyromonas gingivalis etc.)が誤嚥により肺に流入する
Porphyromonas gingivalis や Aggregatibacter actinomycetemomitans などの歯周病原菌が誤嚥性肺炎に関わっていることが多くの文献で報告されています。口腔が誤嚥性肺炎の原因菌のリザーバーであることを認識する必要があります。

歯周病原菌が唾液中に放出する酵素が気道粘膜上皮を変化させる
増加した歯周病原菌は唾液中に多くの種類の加水分解酵素を放出します。ところで気道粘膜上皮にはフィブロネクチンという巨大蛋白分子が存在し、上皮間の接着を強化するとともに、通常は粘膜上皮に存在する細菌が吸着するレセプター(細菌はレセプターめがけて吸着してくる)を隠しています。また粘膜上皮には糖タンパクも存在していて、細胞間の強固な接着に関与しています。しかし、細菌が放出する加水分解酵素は、フィブロネクチンを分解することで気道粘膜のレセプターが露出し、細菌がレセプターに吸着するようになります。
また、細菌はその他の加水分解酵素、具体的には、mannosidase, fucosidase, hexosaminidase, sialidase (Neuraminidase)などを持っています。こういった酵素も粘膜上皮の糖タンパクに作用して粘膜の性状を変化させます。例えば、口腔細菌が産生するノイラミニダーゼは粘膜上皮を被覆している糖タンパクを破壊し、細菌が吸着しやすくなります。このようにして粘膜上皮が本来持っている細菌を寄せ付けない能力を低下させることで細菌が粘膜に吸着するというストーリーです。

ちなみに、喫煙者が細菌性肺炎にかかりやすい理由に関して、その分子的機構は不明な点が多く残されていますが、その機構の一部としてニコチンが粘膜上皮レセプターやそれ以外の粘膜上皮の性状を変化させて細菌を粘膜上皮に吸着させやすくするモデルが示唆されています(13)。
歯周病原菌が唾液中に放出する酵素が気道粘膜を覆っている粘液の被膜を破壊する
気道粘膜表面には「ムチン」というネバネバした糖タンパクが存在しており、通常はこれが細菌が上皮に吸着しないように粘膜保護バリアーとして機能しています。このムチンは気道上皮が分泌しているのですが、歯周病原菌は加水分解酵素を放出して、このムチンという防護バリアーを破壊します。その結果、歯周病原菌が気道粘膜上皮に吸着し易くなるというストーリーです。

歯周組織由来のサイトカインが気道粘膜上皮を変化させる
歯周病は歯を支えている結合組織や骨を炎症性に破壊する慢性疾患ですから、病変部位には実に多種多様の炎症性サイトカインが遊出しており、また唾液中にもそれらが多量に放出されています。そのサイトカインの出どころは炎症を起こした歯周組織の上皮細胞や線維芽細胞、免疫を担当するマクロファージや白血球などです。細菌感染を受けてこういった細胞から、IL-1α、IL-1β、IL-6、IL-8、そしてTNF-αなどのサイトカインが放出されますし、細菌側からもやはり単核球を刺激してIL-1αやTNF-αを放出させます。そして気道粘膜上皮はこのようなサイトカインに暴露されることで細菌に対する吸着レセプター数を増加させ、その結果、細菌が多く気道粘膜に吸着するようになることで感染が成立するというストーリーです。このようなメカニズムは肺炎球菌Streptococcus pneumoniae やインフルエンザ菌 Haemophilus influenzaeなどでよく知られています。

以上、歯周病原菌が下気道に細菌感染を成立させる4つのメカニズムについて説明してきました。脳梗塞などで嚥下が困難になっている患者やICUで人工呼吸器を使用している患者は肺炎のハイリスク患者であることは当然ですが、必ずしも入院や介護を受けている患者に限らず、治療を受けていない歯周病患者もやはりハイリスク患者といえます。重度歯周病患者の口腔には多量の病原細菌および多種多様のサイトカインが存在するわけですから、不顕性感染により下気道にこれらのものが運ばれれば、免疫低下状態とか喫煙習慣とかの他の因子が重なれば、肺炎を発症する可能性があります。

デンタルプラークは歯周病原菌を含む口腔細菌の巨大なリザーバーです。健常者であっても誤嚥を完全に阻止することは困難ですので、誤嚥しても病原性を発揮できない程度に細菌量を一定レベル以下に抑える必要があります。それには口腔ケアに目を向ける必要があります。日々の自身によるセルフケアと定期的な歯科衛生士のプロフェッショナルケアを受けることで、肺炎のリスクを減らすことが出来るのです。特に介護を要する高齢者やICUにおいて人工呼吸器を使用している患者には誤嚥が多く見られるのですが、こういった人達を対象にした介入研究を行い、歯ブラシやリンスによる機械的・化学的口腔ケアが誤嚥性の肺炎の発症率を軽減させたとする報告は多くあります(14)。

(4) Q:口腔ケアは新型コロナウイルス(SRS-CoV-2)の感染そのものに対しても抑制的に働く可能性があるか?⇒A: 口腔ケアはSRS-CoV-2の下気道への感染に抑制的に働く
一般にウイルスは特定の標的とする細胞に対して、(1)吸着 (2)侵入・脱殻 (4)ゲノム複製 (5)ウイルス粒子複製 (6)子孫ウイルス放出 というプロセスを経て、次々と周囲の細胞に感染をします。

ここのところは口腔ケアがなぜウイルス感染を予防するのかという根拠につながる部分ですので、少し難しいかもしれませんが解説します。インフルエンザウイルスの気道上皮細胞への感染を例に説明します。インフルエンザウイルスの構造は、エンベロープ(ウイルス被膜)の表面に二種類の「スパイク」と呼ばれる突起状の糖タンパクが突き刺さっており、一つはヘムアグルチニン(Hemagglutinin:HA)で、もう一つはノイラミニダーゼneuraminidaseです。スパイクの一つであるHAは鍵の働きをする抗原で、上皮細胞表面のその鍵穴であるレセプター(シアル酸残基を持ち特定の分子配列をした分子。最近までその存在が特定できていなかったが、最近「カルシウムチャンネル」がそのレセプターであるとする報告(15)が出た)に結合することにより接着するところから始まります。ここで重要なことは、インフルエンザウイルスがレセプターに結合するためには、スパイクHAがプロテアーゼという酵素の作用を受けてHA1とHA2に開裂する必要があるということです。

レセプターを介して上皮細胞膜に接着した後、エンドサイトーシスという細胞が細胞膜表面の異物を取りこむ機構(物質を包み込むようにして細胞膜が陥没し、細胞膜から遊離してエンドゾームという小胞を細胞内に形成する)により、インフルエンザウイルスはエンドゾームという細胞膜からできた袋に取り込まれた状態で細胞内に入ってきます。エンドゾーム内は酸性なのでたんぱく質変性が起こり、HA分子は立体構造が変化して疎水性のペプチドが露出し、この部分がウイルスのエンベロープとエンドゾームの膜融合を引き起こして、ウイルス遺伝子が細胞質内に放出(脱殻)されます。

ポイントなのは、インフルエンザウイルスのスパイクHAがHA1とHA2に開裂することです。つまり、ウイルスが宿主の細胞表面のレセプターに結合するのにHA→HA1+HA2への開裂が必須ですし、エンドサイトーシスによって細胞内に侵入した後も、エンドゾーム膜とウイルスのエンベロープが癒合することで脱殻を起こしてウイルスが細胞質内に泳ぎ出るためにもHA→HA1+HA2への開裂が必須ということです。つまり、インフルエンザウイルスが細胞に侵入し、増殖していくためにはHA→HA1+HA2への開裂が必須ということであり、ここが極めて重要です。

この開裂にはプロテアーゼという蛋白を分解する酵素が必要なのです。さらに詳しくいうと、HAをHA1+HA2に開裂させる酵素は、気道上皮の細胞膜を貫通して存在しているセリンプロテアーゼtransmembrane protease serine2 (TMPRSS2)です(16)。

細胞質内に泳ぎ出たウイルスは核に入り、そこで宿主の核酸を複製するシステムをちゃっかり借用して自己のゲノムを複製します。ちなみに、5/4現在、承認が特別に急がれている抗ウイルス薬「レムデシビル」や「アビガン」はRNAポリメラーゼ阻害剤であり、宿主の核酸を複製するシステムにおいてRNAを合成する過程をブロックする薬剤です。

複製された大量のゲノムは細胞質内に放出され、自己の体に必要なたんぱく質と核酸が合体して再びウイルスとしての構造を手に入れます。

最後に増殖したウイルスのノイラミニダーゼが鋏のように細胞膜を切り、ウイルスが細胞外に出てくることが出来ます。そして、近隣の細胞に次々と感染を繰り返していくのです。

コロナウイルスの場合も、その感染と増殖の様式の基本はインフルエンザウイルスと同じです。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の場合も抗原提示スパイク(スパイクS蛋白)が存在し(よく新型コロナウイルスの写真が出てきますが、コンペイトウの突起の先端が丸まったような突き出た部分)、このレセプターはアンギオテンシン変換酵素2(ACE2:angiotensin converting enzyme2)という糖タンパクです。そして、スパイクS蛋白の構造はインフルエンザウイルスのスパイクHA蛋白と構造が近似しており、スパイクS蛋白がレセプターのACE2に結合する際にも、スパイクS蛋白は宿主細胞のセリンプロテアーゼtransmembrane protease serine2 (TMPRSS2)によるS→S1+S2への開裂が必要です(17,18,19)。

            文献(1)より引用

ところで、ここで本題の口腔細菌がウイルスの感染を助ける理由について述べます。インフルエンザウイルスやコロナウイルスが気道細胞に侵入する際のプロテアーゼはどこにあるのか、あるいはどこから来るのかが重要です。一つは宿主側の気道上皮からのプロテアーゼです。気道上皮には膜貫通型のセリンプロテアーゼが存在していますが、普段は簡単にインフルエンザウイルスに感染しないよう、プロテアーゼを阻害する物質が存在します。そのため季節型インフルエンザウイルスは健康な成人の肺にまで到達することは少ないのです。もう一つは、細菌側からのプロテアーゼです。
咽頭・口腔細菌が大量に感染局所に存在する場合には、ウイルスのスパイク抗原蛋白が細菌が出すプロテアーゼにより活性化されてそのレセプターに結合するようになると感染が成立します。肺炎からよく検出される肺炎球菌や、インフルエンザ菌、黄色ブドウ球菌、そして歯周病原菌であるPorphyromonas gingivalisなどはプロテアーゼを産生します。これらの細菌が作り出すプロテアーゼの多くはインフルエンザ菌のスパイクHAを開裂させる活性を持つことが分かっています。
さらに、これらの細菌が産生するプロテアーゼやノイラミニダーゼは、粘膜上皮を被覆しているノイラミン酸を含む糖たんぱく質を破壊し、ウイルスレセプターを露出させることでウイルスの粘膜上皮への吸着を助けます(1)。

さらに細菌性プロテアーゼ以外にもウイルスの増殖を助ける整理活性物質が知られています。たとえば連鎖球菌の産生するストレプトキナーゼはプラスミン活性化によりHA開裂活性を示します。また、大腸菌のリポポリサッカライド(LPS)も気管上皮のクララ細胞が作り出すトリプターゼクララの分泌を亢進させ、粘膜表面の抗ウイルス物質の分泌を低下させることでウイルス感染を助けることが分かっています(1, 8)。
つまり、咽頭や口腔のグラム陰性菌がウイルスに味方してインフルエンザの感染を助けるのです。だから口腔ケアが重要です。

口腔ケアがインフルエンザ感染に予防的に働く実例として、要介護高齢者に対して歯科衛生士が週一回の口腔ケアを行い、唾液中のプロテアーゼやノイラミニダーゼが減少した結果、インフルエンザの罹患率が低下したとする報告があります(20)。

今回の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のレセプターであるACE2は、気道だけでなく口腔粘膜にも多く存在し、特に舌に多く存在しています。つまり口腔はSARS-CoV-2の侵入門戸である可能性が高いということです。したがって、口腔細菌の量を減らしておくことはCOVID-19の予防に極めて意義があります。また、今回の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)レセプターACE2は結腸や胆のう、心筋など全身の広い領域に分布しており、そのあたりも多臓器に感染を起こさせやすい原因かもしれません(21)。

われわれ人類が今回のCOVID-19パンデミックを終息させるのに必要なことは、国民の多く(60~70%ほど)がこの新型ウイルスに対して抗体を獲得し、集団免疫を形成することである、という認識はもはや周知の事実です。集団免疫を獲得する方法は、かなりの多くの国民がウイルスに感染してわれわれが持ちあわせている免疫の力で自然に抗体を体内に作り出すか、もしくはワクチンの開発を待ってワクチンで抗体を体内に入れるか、のいずれかに限られます。現時点でワクチンの完成までにはあと1年程度は必要と考えられている事情を考慮すれば、ワクチンが完成されるまでは感染を急速拡大させないように現在行われているソーシャル・ディスタンシングsocial distancing(人と人との接触を極力制限する対応)を継続するとともに、たとえ新型コロナウイルスに感染しても軽度の症状で済む対策を強化していくことは理にかなっています。新型コロナウイルスのワクチンが完成されるまで、社会に緩やかな感染が広がっても致死率が増大しないよう、また医療崩壊も起きないように、COVID-19の発症の予防、もしくは症状の緩和に医療資源の一部を費やすべきです。歯科で従来から行われている予防処置や歯周治療はその一助に間違いなくなります。

今回のCOVID-19パンデミックの終息に向けての戦いは長期戦になるといわれています。そのような中にあって、われわれ歯科医療人は慣れないPCR検査を付焼刃的に自院で行うことよりも、やり慣れている口腔ケアを基本とした歯周病の予防や治療というわれわれの本業をしっかりわれわれの医院で行うことで、COVID-19の終息に貢献できると考えるのです。

本稿の最終章を、You Tube でQueen + Adam Lambert の ‘You Are The Champions’ (New Lockdown version! Recorded on mobile phones!) を視聴しながら加筆しています(2020年5月4日現在)。
COVID-19治療の最前線で防護服を着て献身的に働いている医師や看護師、パラメディカルの多くの人たち、そして患者を含めた一般市民への応援と感謝が伝わってきて、なぜか涙がこみ上げてきます。最後の方の賢明な看護で退院していく患者の姿は僕たちに希望を与えてくれます。僕たち歯科医療人は最前線ではないけれど、コロナの時代も、そしてアフターコロナの時代も、職業を通じて間違いなく大きく社会貢献できるでしょう。今後、世界のありようが大きく変わっていく激変の時代に、歯科医師として、そして人間として、この感染症の時代と共に生きていける幸運に心から感謝してこの長文を終わります。

参考文献/URL
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光殺菌歯周治療4 ~続 活性酸素~

再び活性酸素の話です。多くの疾患の発生原因に活性酸素がかかわっていると考えられているため、なぜ活性酸素がそのような働きをするのかということを理解するには、活性酸素が他の原子や分子とどうかかわる性質を持っているのかの理解が必要です。

人が生きて行くうえで酸素は欠かせませんが、それは主にミトコンドリアに存在する電位伝達系でATPという形で、生きて行くのに必要なエネルギーを作り出すところに直接かかわっているからです。この電子伝達系で酸素は4電子を受け取って(=還元されて)水となりますが、必ずしも酸素分子に電子が4個きちんと渡されるとは限りません。酸素分子が4個ではなく、1個、2個、3個と不完全に渡される(=還元される)ことがあり、この状態だと不安定なのでさらにを受け取ろうとするのです。この状態の酸素が活性酸素です。言葉を変えると、酸素分子が部分的に還元された(部分的に電子を受け取った)ものが活性酸素といえます。

 

たとえば、酸素分子が1電子還元されると(電子を受け取ると)スーパーオキシド(・O2)となります。これは不対電子(・)を持った「フリーラジカル」に属し、スーパーオキシドアニオンラジカルと呼ばれることもあります。

 

 

さらにスーパーオキシドがもう一個電子還元されるとO22ですが、これにH+が2個つくと過酸化水素(H2O2)となります。

さらにこの過酸化水素がさらにもう一個電子を受け取る(=還元される)ともはや酸素原子と酸素原子の間の結合は安定した状態でいることができなくなり、結合が切れて、ヒドロキシラジカル(・OH)と水酸化物イオン(OH)となります。

これらスーパーオキシド、過酸化水素、ヒドロキシラジカルはすべて活性酸素の一種です。そして、スーパーオキシドとヒドロキシラジカルは不対電子をもつためにフリーラジカルです。また、ヒドロキシラジカルは活性酸素の中でも最強にラディカル(過激)で反応性が高いです。

ついでに、「一重項酸素」というものがあり、これも活性酸素の一種ですのでこの機会に説明します。一重項酸素は酸素原子同士が不対電子を二つずつ出し合って共有しています。普通ならこの状態で安定なのですが、酸素分子に限っては極めてユニークなのですが、この状態は実は通常の不対電子を二個持つ酸素分子(三重項酸素)の状態より不安定なのです。だから一重項酸素は通常の酸素より活性が高いので活性酸素に分類されます。

 

光殺菌歯周治療 3  ~フリーラジカル~

フリーラジカルと活性酸素は同じような意味合いで解釈されやすいですが、本来、定義上、両者は全く別物です。よって、ここで両者の定義を明らかにしておきます。

フリーラジカルは、「対をなさない電子(不対電子)を持つ原子や分子」と定義されます。不対電子はペアになりたがるので、フリーラジカルは一般には不安定で、反応性が高い状態です。ここのところを少し説明すると、電子は電子殻の中を周回しているのですが(電子殻は内側から外側に向かって、K殻・L殻・M殻・N殻・・・と順番に名前が決められ、電子は必ずK殻から入って行きます。)、さらに、それぞれ一番外側の電子殻には、電子が2個ずつ入る「小軌道」があって、各小軌道での電子収容数の和がその電子殻での収容数となるのですが、その小軌道に電子が2個揃うと安定する性質があります。そして1個しかない場合は不安定な状態で、この状態がフリーラジカルです。そして、前述したように不対電子はもう一個の電子を求めてペアを作りたがります。その電子を手に入れる方法が他の物質と反応することなのです。

たとえば、酸素を例にとって説明します。酸素は周期律では第Ⅵ族に属し、原子番号は8です。したがって電子の数も8個持っています。電子軌道の内側のK殻に2個、外側のL殻に6個の電子がぐるぐる超高速で回っています。この酸素を電子式で表すと、電子式は最外殻の電子をドット(・)表記する約束になっているので、酸素の電子式は図のように表現されます。外側の6個の電子のうち4個(黒丸)は電子対をなしていますが(2個の電子が対をなした状態を電子対といいます)、残りの2個(赤丸)は1個づつの対をなさない電子(不対電子とよびます)です。したがって酸素原子や酸素分子はフリーラジカルです。酸素が多くの物質と反応しやすいのはフリーラジカルだからです。

酸素と多くの物質との反応は酸化反応とよばれ、最も身近な化学反応です。たとえば、紙や木が燃えるのは炭化水素が酸素と反応し、二酸化炭素と水へと変化する酸化反応です。発生するエネルギーが大量なので、燃焼という形で発光と発熱を伴います。
金属が錆びるのは、金属が酸素と結びついて酸化物を生成する酸化反応です。錆は鉄が酸化して生成した酸化鉄(III)(赤褐色)で、銅が酸化すると、赤褐色の酸化銅(I)や黒色の酸化銅(II)になります。
食物を室温で放置すると徐々に色や味が変わってくるのも、酸化が原因です。このため、食品には種々の酸化防止剤が用いられることになります。
また、摂取した食物が体内でエネルギーに変わるのも酸化反応であり、この酸化反応のために必要な酸素を体内に取り込み、生成物である二酸化炭素を放出しています。

このように酸素はきわめて反応性が高いユニークな物質ですが、フリーラジカルゆえの性状といえます。

一方、活性酸素とは、以前説明したように、酸素分子が電子を受け取ることでエネルギーが付与され励起された状態となり、「酸素よりも反応性の高まった分子のグループ」と定義されます。本来、「フリーラジカル」と「活性酸素」とは定義上、別物ですが、実際には活性酸素の一部のものはフリーラジカルであり、フリーラジカルの一部のものは活性酸素です。つまり、活性酸素には4種(スーパーオキシド、ヒドロキシルラジカル、過酸化水素、一重項酸素)がありますが、このうち、「スーパーオキシド」と「ヒドロキシラジカル」の2つはフリーラジカルです。ちょっとややこしいですが、図示するとわかりやすいです。
(次回へ続く)

 

光殺菌歯周治療 2 ~活性酸素とは~

本日は活性酸素の話をします。

「活性酸素」という言葉はよく聞きますが、いったい何なのでしょう?
よく聞くのは、「活性酸素は老化をもたらす」とか、「がんになる原因は活性酸素が体の細胞や大切な分子を障害するから」とか、体にとって良くないものの代名詞のような使われ方です。しかし、実際には活性酸素は細菌やウイルスを酸化分解してくれたり、臭いや汚れも酸化分解してくれたりして、除菌や漂白剤などとして生活面で良いこともしています。空気清浄機などの脱臭や抗菌効果も活性酸素を利用しているといわれています。だから「活性酸素」にはよい面もあるのです。

じつは酸素は、息をすれば一部のもの(約2%)は必ず体の中で活性酸素となります。そして「活性酸素」とは特定の物質の名前ではなく、大気中に含まれる「酸素がより反応性の高い化合物に変化した物質群の総称」になります。酸素は私たちが生きていくうえで欠かせない空気中にあるものですが、もともと反応性が高く、色々な物質と化学反応することが知られています。この酸素がいろいろな物質と反応することでさらに他の物質と反応しやすくなった(活性化された)状態になるので、この状態を広い意味での「活性酸素」と呼びます。

したがって、活性酸素には色々な物質がふくまれるのですが、その中でも以下の4つの物質を狭義の「活性酸素」と呼んでいます。
• スーパーオキシド
• ヒドロキシルラジカル
• 過酸化水素
• 一重項酸素
このうち、「スーパーオキシド」と「ヒドロキシラジカル」の2つはフリーラジカルと呼ばれ、活性酸素のなかでも活性が高いものですが、とりわけ「ヒドロキシラジカル」は活性酸素の中でも最も活性が高いとされています。

前述したように活性酸素には良い面も悪い面もあります。酸素は室温で酸化反応を起こすので、栄養分を燃焼させてエネルギーを取り出す大事な役割で使われます(ミトコンドリア内で)。その際、活性酸素が必然的に発生します。その他にも、抗菌作用があるので免疫系にも欠かせません。白血球やマクロファージが細菌やウイルスをやっつけることができるのは活性酸素を利用しているからです。
だから活性酸素は生きていく上で、なくてはならないものなのです。しかし、同時に、活性酸素は反応性が高すぎて、細胞内の物質と反応して正常な体の細胞を損傷させてしまうことがあります。これが、癌や生活習慣病の原因になったり、老化を促進させる原因にもつながります。その他、活性酸素は多くの疾患の発生原因にかかわっていることが分かっています。だから、活性酸素は「もろ刃の剣」ですね。
 (次回へ続く)

光殺菌歯周治療 1 ~古くて新しい治療~

今日の話題は、最近、当院で力をいれている“光殺菌”歯周治療です。これは“光殺菌”と呼ばれる療法を歯周治療に応用したもので、歯周病菌に感染した歯周組織に光を照射して、歯周病菌をやっつける治療法です。

この“光殺菌”の部分は、一般的には「光線力学療法」(フォトダイナミックセラピーPDT:Photodynamic Therapy)と呼ばれている治療法を用いることを意味します。以下、光線力学療法について概説します。

「光線力学療法」(PDT)とは、光に反応する特定の物質に光を照射し、引き起される光化学反応によって産生される活性酸素により、標的とする細胞を殺滅する治療法です。そして、標的細胞が細菌であれば感染症の治療に、標的細胞が腫瘍であれば癌の治療に用いられます。

「光線力学療法」(PDT)の歴史は古く、1900年にRaabという学生が水槽の中で飼っていたゾウリムシを無害とみなされていたアクリンオレンジという色素で染色したところ、致死的効果を認めたことに端を発するとされています。彼はこの現象が太陽光線が窓から差し込まれていた時に起こることに気づきました。そして、この現象は染色色素、光、酸素が関与していると洞察した指導教官Tappeinerが、この現象を“Photodynamic action”と命名しました。これが光線力学療法(PDT;PhotodynamicTherapy)(以下PDTと称す)の最初の発見です。

PDTは当初、光が細菌を殺すことに着目して感染症治療への応用が研究されていました。1901年にNiels Finsenは天然痘や皮膚結核の治療に光を用い、1903年には光線療法に関する業績でノーベル賞を受賞しました。しかしながら、1910年にペニシリンが発見されて以来、感染症治療においては抗生物質が主役となり、細菌に対する光線力学療法は忘れられていきました。

一方、1924年にPolicardらによってポルフィリンという光感受性物質が腫瘍に特異的に取り込まれ蛍光を発することが報告されて以来、PDTは主に医科領域で、癌治療の分野で発展してきました。

そして、わが国の医科におけるPDTの臨床応用は、1994年の厚生省の認可、1996年の保険収載を経て、現在では、呼吸器科では肺癌、軌道狭窄を伴う進行性癌、消化器科においては早期食道癌、早期胃癌、婦人科においては子宮頸部初期病変、脳神経外科においては脳腫瘍、眼科においては加齢黄斑変性症、皮膚科においては皮膚癌、血液内科においては白血病、悪性リンパ腫に対して行われており、医科においてPDTは一般化しています。

しかしながら、近年、抗生物質耐性株(MRSAなど)の出現により、感染症に対する
抗生物質以外の治療法が模索されるなかで、古くて新しいPDTに対する関心が感染症治療の分野で再び脚光を浴びて来ました。そして、癌に対するPDTと区別するため、細菌などの殺菌を目指して使用するPDTを、Antimicrobial-PDT(a-PDT;抗菌光線力学療法) という名称が用いられるようになりました。
 (次回へ続く)

歯科用金属をめぐる不都合な真実 12 ~保険に導入されたCAD/CAM冠はレジンブロックからつくられる~

以上、述べてきたように歯科用金属には金属アレルギーを起こすリスクがあることから、非金属の歯冠修復材料の登場が待たれる状況でした。しかし、最近まで非金属で強度が期待できるものはセラミックのみでした。そのセラミックですら、ジルコニアセラミックが登場するまでは、強度の不十分な長石系セラミック(ポーセレン)に金属の裏打ちをして強度を保証することでなんとか咬合圧に耐えうるフルクラウンとして臨床に使用されていました。

このセラミックは現在でも保険診療外の治療ですが、最近、金属以外である程度まで咬合圧に耐えうるフルクラウンの材料が保険診療に登場してきました。それがCAD/CAM冠と呼ばれるものです。本来、CAD/CAM(Computer Aided Design/Computer Aided Manifacturing )とは、一般的にはコンピューターでデザインし、コンピューターで製作される製品のことを意味しますが、歯科でいうCAD/CAMとは、口腔内スキャナーで光学的に読み取ったプレパレーションされた歯のデジタル印象をもとに、コンピューターでプレパレーションされた歯に適合するように歯冠をデザインし、コンピューターで制御されたミリングマシーン(削り出し機)を用いてブロックから歯を造形するシステムのことをいいます。そして、このようなシステムで歯を作るテクノロジーが歯科技工の主流となっている現在、保険にもこの技術が導入され、それをCAD/CAM冠と呼んでいます。

2014年、CAD/CAM冠は保険導入されました。ただし、その素材はレジンです。つまり硬いプラスチックです。当然、強度は不十分なので適用は小臼歯部のみに限られていました。2016年になると、医科で金属アレルギーの存在が認定された場合に限って大臼歯にもCAD/CAM冠が保険適応されるようになりました。その後、現在までに20種類以上のレジンブロックが保険適応材料として承認され、メーカーによってはすでに第三世代、第四世代のブロックへ発展しています。

そして、現在のところ、CAD/CAM冠の保険適応は、小臼歯部では単冠症例、大臼歯部では上下第二大臼歯まで残存し、左右の咬合支持がある患者に対し過度な咬合圧が加わらない第一大臼歯の単冠症例に限られています。つまり、CAD/CAM冠製作用のレジンブロックは強度がないので、連結冠やブリッジ(強度が必要とされる構造物)には使えないのです。

以上より、現時点では、非金属で強度のある修復材料を選ぶとしたら、セラミック以外にないということになります。

歯科用金属をめぐる不都合な真実 11 ~金属を外すと一時的に症状が悪化することがある~

また、なかには金属を除去した後、症状が一時的に急激に悪化することがあります。これはなぜでしょう。実は、この現象が起こると、その除去した金属が決定的に原因であるという証拠が固まると考えられて重視されています。つまり、この現象は、金属除去時に大量の金属切削片を飲み込ませたり、気道にまき散らすことで体内に入れていることによるのです。

Fregertは、金属アレルギーを起こす原因金属を経口摂取させると掌蹠の水疱や全身の皮疹が出現することを報告しています。つまり、金属除去という行為は、金属の経口摂食試験と同じ意味合いがあります。金属除去後の急激な症状悪化は、長期の経過観察結果を待たずして、その除去金属が犯人である可能性が極めて高いことを示しているというわけです。

したがって、被疑金属除去後の一過性の症状悪化は、非常に重要な現象として扱われています。
(次回に続く)

歯科用金属をめぐる不都合な真実 10 ~金属アレルギーの治療~

パッチテストで、ある金属に対して(たとえばパラジウムやニッケルなど)陽性反応が出たら、その被疑原因金属を除去して様子を見ることになります。口の中に入っている金属の除去は歯科の仕事ですので、医科と歯科との密接な連携が必要です。

原因と思われる金属を除いて例えば2ヶ月程度の短期間で皮膚症状が改善することもありますが、中には10ヶ月あるいはそれ以上待ってから症状も改善が見られるケースもあります。そして、症状が改善したことを確認後、非金属の修復材料で歯の充填や被服をすればよいのです。

ところで金属を除去して以降、症状が改善するまで金属を取り除いた穴はどんな材料でで詰めておいたらよいのでしょうか?答えは、接着性レジンセメントやアイオノマーセメントで仮の詰め物をしたり、レジンと呼ばれるプラスティックでテンポラリークラウン(仮の被せもの)を入れます。ただし、レジンに対してもアレルギーが起こることもあるので、あくまでも仮の材料として様子を見ます。経過観察の間に問題が起こらなければ、最終修復処置として、小さな穴を埋める程度の充填であればそのままレジンが充填材料となります。また、大きな欠損や被せものの場合は強度が必要ですので、セラミックで修復されることになります。レジンでもアレルギーが起こるようであればセラミックで歯の欠損を充填することになります。セラミック自体にはアレルギーは起こりません。ただし、セラミックを歯に接着するセメントに対してアレルギーを起こす可能性はあります。
(次回に続く)

歯科用金属をめぐる不都合な真実 9 ~金属アレルギーの診断~ 

原因不明の皮膚症状が出現し、金属アレルギーが原因かも?と疑われた場合はどうしたらいいのでしょう。
歯科金属アレルギーは全身性接触皮膚炎であるので、まず専門医を受診することが基本であり、重要です。皮膚科医での治療が未治療の場合、まず皮膚科を紹介します。

専門医の問診により、接触皮膚炎が疑われた場合は、まず最初にアレルゲンを特定する検査が行われます。これはパッチテストという方法で皮膚科で行われます。パッチテストとは、原因が疑われる物質を皮膚に少量貼り付ける検査で、もし皮膚炎が起こればその物質がアレルギー性接触皮膚炎を起こす原因物質であると判断する方法です。
また、リンパ球幼若化試験(LST)というものもあります。これは、リンパ球が抗原刺激を受けると幼若化し、核酸の取り込みが活発になる現象を利用するもので、患者のリンパ球を体外に取り出し、試験管内でそのリンパ球に金属イオンを加えてリンパ球を刺激し、その後チミジン(H3thymidin)(核酸の一種)の取り込み量を調べてその幼若化の程度でその金属がアレルギーの原因であるかどうかを判断する方法です。

(参考)
アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 2018 日皮会誌:128(12),2431-2502,2018
接触皮膚炎診療のガイドライン  アレルギー 61(2)175-180.2012
(次回へ続く)

歯科用金属をめぐる不都合な真実 8 ~金属アレルギーの発症メカニズム~ 

話を歯科金属アレルギーに戻しましょう。歯科金属アレルギー発症機序の全貌は解明されていないのですが,基礎研究の積み重ねにより,その一部が少しずつ見え始めてきているのが現状です。全身性接触皮膚炎の発症機序は大体のところは以下のようなものです。
1. 詳細は不明ながら、何らかの理由で口腔内の金属が溶け出しイオン化する(ガルバニー反応、細菌学的腐食、擦過腐食、応力腐食などが考えられています)。
2. 金属イオンは不完全抗原(抗体を産生させる能力を欠く抗原をいい、ハプテンと呼ばれます。蛋白と結合することで抗体産生能力を獲得します)の状態だが、口腔粘膜や消化管から吸収され、キャリア蛋白と結合し、抗原化する。
3. 完全に抗原化した金属は血行に乗り、リンパ節に取り込まれる。ここで抗原提示細胞によりTリンパ球は感作誘導される。
4. 金属抗原は血行に乗り全身に運ばれ、発汗により皮膚表面に移動する。
5. 表皮のランゲルハンス細胞が金属細胞を感作Tリンパ球へ抗原提示することで、遅延型アレルギーとして皮膚炎を発症させる(湿疹、アトピー性皮膚炎、扁平苔癬、乾癬、掌膿疱症など)。
6. また、局所の接触皮膚炎の発症機序として、ネックレスなどの金属抗原が皮膚の抗原提示細胞やマクロファージに取り込まれ、Tリンパ球を刺激する。金属抗原に感作されたTリンパ球が活性化されサイトカインを多く分泌することで金属が接触する局所の皮膚炎が発症する。

まとめますと、歯科金属アレルギーは、口腔局所の金属が溶け出して口腔粘膜や消化管から吸収され、血行性に全身に運ばれ、さらに到達した部位でと発汗などを介して皮膚表面に移動し炎症反応を引き起こす「全身性接触皮膚炎」と捉えることができます。
(次回へ続く)