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咬み合わせと全身~咬み合わせとは顎口腔系のダイナミックな運動~

「咬み合わせ」のことを歯科医学の専門用語では「咬合(こうごう)」と表現しますが、「咬合」とは、単に上下顎の歯列の咬む面が安定して接触している静的な上下の歯列関係だけをいうのではなく、下顎骨がダイナミックに下方から上方に運動して下顎骨の歯槽突起にある下顎歯列が上顎骨の歯槽突起にある上顎歯列に衝突し、最終的に上下歯列の咬む面が安定的に接触するという一連の動的な上下の歯列関係をも含めています(1)。
 
咬み合わせの最終段階である上下歯列の接触は、臼歯部において対合するそれぞれの歯の咬む面の「咬頭(こうとう)」と呼ばれる「山」の部分と、「窩(か)」 と呼ばれる「谷」の部分がうまくはまることで安定します。多くの歯がこの状態で安定して咬み合っている上下歯列の3次元的位置関係を「咬頭嵌合位(こうとうかんごうい)」といいます(1)。
 
咬頭嵌合位がきちんと得られると咬み合わせが安定します。しかし、不十分な場合には不安定な咬み合わせとなります。咬頭嵌合位がしっかしていると、快適に咀嚼できますので、古典的な歯科医学は歯や口腔のみに着目し、この安定した咬頭嵌合位を追求する歯冠修復治療や義歯治療が主体でした。
 
しかし、よい咬み合わせを追求する治療の過程で、現在では顎関節症として知られる顎関節や咀嚼筋の痛みなどの症状や、その他に頭痛、肩こり、手のしびれ、難聴などを訴える患者に遭遇し、咬み合わせに関与する構造物を一つの機能単位としてとらえる必要が出てきました。
 
この咬み合わせを営む機能単位を「顎口腔系(がくこうくうけい)」と呼びますが、 これは食物の捕食、咀嚼、嚥下、発音、呼吸、顔貌の決定、その他の非機能的顎運動など、顔面、顎、口腔領域のすべての営みに関与しています。顎口腔系に含まれる構造物は、上顎骨、下顎骨、舌骨、顎関節とそれぞれに付着する筋、および靭帯、口唇、頬、歯、口蓋、舌の筋と粘膜、およびこれらの組織に分布する神経、血管、リンパ管および唾液腺など、多くのものが含まれます(1)。
 
歯科医学は一つの機能回復を考える場合にも、顎口腔系の要素の一つが障害を受けたために顎口腔系全体に影響が及ぶ可能性があるため、顎口腔系との調和を図ることを考える必要性に気づきました。こうして歯科医学の対象は顎口腔系全体に拡大されたのです。
 
この顎口腔系の制御は、神経筋機構によって行われています。したがって、歯科医師は神経筋機構の知識を正しく理解し、臨床に導入するようになり、その結果、歯科医学のさらなる新たな展開の糸口に遭遇することになりました。
 
つまり、神経筋機構の理解にもとづき、顎口腔系に調和した咬み合わせを作ることにより、その効果が顎口腔系の領域を超えて全身におよぶことがわかってきました(3,4)。たとえば、咬み合わせを良くすることにより、認知機能の向上、うつ傾向の改善、姿勢や腰痛の改善、転倒の防止、身体能力の向上、など全身的に良い変化を起こすことに貢献できることがわかってきたのです。
 
したがって、現代歯学の新潮流とは、全身の健康に貢献できる歯科医学です。なぜこのようなことが起るのかという疑問を解決するために咬み合わせを科学的に研究すると、このような現代歯科医学が向かう方向性が見えてくるのです。
 
現在の歯科医学では、咬み合わせの適正さは全身の姿勢とバランスが取れているかどうか、の観点から判断する必要があります。たとえば、Fig.1~3のイラストは口腔内の歯列だけ見ると、一見、正しく咬み合っています。しかし、たとえ歯だけ見ると適切に咬み合っているように見える歯列でも、顔貌全体から見ると咬合平面(歯列の咬む面が作る平面)が傾斜していることがあります(5)(Fig.4)。
 
このような咬合平面が傾斜した咬み合わせは、咀嚼筋(咬み合わせに関与する筋)の発達の左右差を生み、やがては脊椎アライメントを歪ませ、体幹の痛みなどの症状につながる可能性があります(Fig.5、6)。このようなメカニズムは、「咬み合わせと姿勢」の項で詳しく述べます。

 

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適切な咬み合わせは、上下の歯列の対合するそれぞれの歯の咬頭と窩が見事に適合しています。この咬頭と窩の良好な適合が、下顎を素晴らしく安定させるだけでな、よく咬めるという機能にもつながっています。

 

 

 

 

 

Fig.1  上下の歯列を構成する各歯の咬む面には咬頭と窩が、見事なまで機能的に、かつ美しく配列されている。  

 

     Fig.1,2,3 は文献(2)より引用 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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Fig.2   咬頭嵌合位 頬側面観

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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Fig.3 咬頭嵌合位 舌側面

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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FIG.4 咬合平面が5.88°傾斜し、5.54mm下顎偏位しているオリジナルのスマイル(左端グリーンラベル)。右に向かって、各写真ごとに、傾斜を1.47°下顎偏位を1.385mm補正している。文献 (5)より引用。

 
 
 
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Fig.5 解剖学的平面は平行。

 

   

    Fig.5,6 は文献(4)より引用。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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Fig.6 解剖学的平面は乱れている。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
参考文献
  1. 長谷川成男, 坂東栄一. 臨床咬合学辞典: 309.東京.医歯薬出版.1997.
  2. 西川義昌、桑田正博.歯界展望別冊. Single Crown Provisional Restorations―天然歯形態の観察から始まる修復治療―:24-27.東京.医歯薬出版.2010.
  3. Neuromuscular dentistry: Occlusal diseases and posture. Khan MT, Verma SK, Maheshwari S, Zahid SN, Chaudhary PK.:J Oral Biol Craniofac Res. 2013 Sep-Dec;3(3):146-150. 
  4. The neuromuscular approach towards interdisciplinary cooperation in medicine. Yurchenko M, Hubálková H, Klepáček I, Machoň V, Mazánek J. Int Dent J. 2014 Feb;64(1):12-19.
  5. Influence of occlusal plane inclination and mandibular deviation on esthetics. Corte CCSilveira BLMarquezan M. Dental Press J Orthod. 2015 Oct;20(5):50-57.
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