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2017年2月

歯周治療におけるメインテナンスの位置づけ

 今日は県の歯科医師会主催の香川県歯科医学大会に参加し、歯科衛生士対象セミナー「歯周治療におけるメインテナンス~プロフェッショナルな歯科衛生士をめざして~」を聴講した。自分は衛生士教育に関心が高まっているタイミングなので、歯科衛生士対象ではあったが勉強になった。

 どういった点が勉強になったかというと、原点だが、歯科衛生士の職域についての正確な理解ができた。いままで、歯科衛生士法を詳しく読んだことはなかったが、著名な講師の先生(日本歯科衛生士会の専務理事をしておられる現役歯科衛生士の方)のお話は地味な導入ではあったが、これが為になった。まず、歯科衛生士の業務内容について教えて頂いた。

 歯科衛生士が関与する業務は、1.歯科予防処置 2.歯科診療の補助 3. 歯科保健指導の3つの領域があり、また、これらの仕事は別の観点から絶対的医行為と相対的医行為に分かれるのだという。前者は歯科医師のみが行えるもので、後者は歯科医師が歯科衛生士の能力を適正と評価した場合に限り歯科衛生士に指示してやらせることが可能な業務である。絶対的医行為における歯科衛生士の仕事は歯科医師の診療介助であり、相対的医行為におけるそれは、スケーリングやルートプレーニングなどが該当するという。

 この点は意外だった。予防が歯科衛生士の本業であるからブラッシング指導などは歯科保健指導にあたり問題ないと思っていたが、スケーリングやルートプレーニングも同様に衛生士独自の判断で自由にできる医療行為と思っていた。しかし、これは認識が誤っており、スケーリングやルートプレーニングは歯科医師の指示の下で、歯科医師が依頼者をその実施が適正と判断することが前提で、歯科医師に代わって行うことが出来る医行為なのである。

 本来、歯科医師がリードするべき仕事だったとは!これまで、スケーリングやルートプレーニングは歯科衛生士さんの聖域で、歯科医師がそのやり方にとやかく注文を付けてはいかんものと誤解していた。これまで、スケーリング・ルートプレーニングを歯科衛生士に丸投げしていたことを反省し、歯科医師の指導が必要な重要な医療行為である、と再認識した次第。

 もう一つの収穫は、メインテナンス≠PMTCということ。メインテナンスも歯科医師が近寄ってはならぬ歯科衛生士の聖域と誤解していたが、メインテナンスは治療後の歯周病や齲蝕が悪くなっていないかチェックする機会であって、けっして清掃するだけではない。正確にいえば、メインテナンスの内容は、1.悪くなっていないか、悪くなるようなことが起っていないかの確認 2.悪くならないための対応 の2つに分けられる。1.における具体的チェック項目としては、全身状態の把握(生活習慣、あらたな疾患、服用薬の変更や追加、喫煙状況、加齢、ライフスタイル)、歯周組織の評価(プラークの付着や付着部位、歯肉の発赤、腫脹、退縮、プロービング値、BOP、歯の動揺度、エックス線写真による骨吸収の判読)、歯の観察(根面カリエス、トゥースウエア、歯の破折、歯の変色、エックス線写真(隣接面カリエス)、補綴物の状態、フィステルの有無、補綴物対合歯の摩耗)、義歯(適合性、粘膜のチェック、プラークの付着)、インプラント(インプラント周囲炎の有無、アバットメントスクリューのゆるみ、プラークの付着、知覚過敏、力、といった多くの項目があげられるのだ。2.の悪くならないための対応が、プロフェッショナルケアであり、セルフケアの支援強化である。決してメインテナンスって、患者さんを気持ちよくうたたねさせるような口腔清掃をすることではないということだ。

 これって、重大な発見だ。文字にして列記すると、悪くなっていないかのチェック項目が、口腔ケアに比べて圧倒的に多いではないか!これって、頭をぐるぐる回してないと仕事が務まらんぞ。メンテナンスはまさに歯科医の領域だ、それを歯科医の指示をうけて信頼できる歯科衛生士が担当するだけのことだ。と、いうことで、メインテナンスはとても重要で、プロフェッショナルな知識と技量が必要な仕事であることが理解できた。

 こういった項目をリストに加えたメインテナンスマニュアルを歯科医師監修で作製したいものだ。

 

脂肪病としてのメタボリック症候群

 歯周炎と全身疾患との関連性について、以下の7つの疾患は歯周病との強い関連性が疑われている(1)。すなわち、1)糖尿病、2)肥満・メタボリック症候群、3)アテローム性動脈硬化、4)周産期合併症、5)肺炎、6)腎臓病、7)関節リューマチ、だ。これらの疾患は炎症性の疾患と考えられている。つまり、炎症性サイトカインがこれらの疾患の病態に関連している。そして、炎症性サイトカインは、基本的に炎症を起こしている組織に発現するわけだが、その最大の産生組織は脂肪組織と思われ、脂肪組織由来の炎症性サイトカインが血行性に全身に運ばれ、上記の炎症性疾患の発症に関与している可能性がある。したがって、脂肪組織の上記疾患のリスク因子としての重要性を鑑み、今回は脂肪病としてのメタボリック症候群にフォーカスしたい。

 近年、心血管疾患と糖尿病は、肥満の先進国の主要な疾患および死因となっている。その原因の解明と危険因子の同定のために多くの調査が行われた結果、両者の危険因子が同一個人に集積する傾向があることが明らかとなった。そして、この危険因子の集積はメタボリック症候群と呼ばれるようになった。以下、文献(2)より引用。

「メタボリック症候群の主要な機序は、インシュリン抵抗性、腹部肥満、炎症と考えられ、他に、食事、喫煙、運動不足、加齢、社会経済的要因、ホルモン失調状態、環境汚染物質、などが考えられる。」

「1981年、Rudermanらは代謝的に肥満だが正常体重の人々が存在し、高インシュリン血症と脂肪細胞の肥大化が特徴であることを指摘し、1988年、Reavenはインシュリン抵抗性と高インシュリン血症、高中性脂肪血症、低HDL血症、高血圧が集積して糖尿病と心血管疾患にいたるとするsyndrome Xという概念を提唱した。翌年、Kaplanは腹部肥満、糖尿病、高血圧、高中性脂肪血症の集積を死の四重奏として提唱し、1991年、DeFronzoとFerranniniはsyndrome Xと同様の疑念をインシュリン抵抗性症候群と命名した。1994年、中村らは、皮下脂肪は内臓脂肪の病的作用に対して、むしろ、生体保護的に作用すると考えて、男性で内臓脂肪症候群なる概念を提唱し、1998年、Lamarcheらは男性で、高インシュリン血症、アポリポタンパクB高値、small dense LDLの組み合わせをatherogenic metabolic triadとして提唱した。1999年、WHOはインシュリン抵抗性症候群の診断基準を初めて定義し、メタボリック症候群と命名したが、ヨーロッパインシュリン抵抗性研究会(EGIR)はこれを改変して糖尿病を除外し、再びインシュリン抵抗性症候群と命名した。2000年、Lemieuxらは男性で、atherogenic metabolic triadの簡便診断として高中性脂肪ウエストの概念を提唱し、2001年、National Cholesterol  Education Program(NCEP)のExpert Panel on the Detection, Evaluation,and the Treatment of High Blood Cholesterol in Adult (ATPⅢ)は腹部肥満、高血糖、高血圧、高中性脂肪、低HDL の5つの診断項目中、3つを満たせばメタボリック症候群とする簡便な診断基準を発表して、これが世界的に普及した。しかし、NCEP診断基準はインシュリン抵抗性の直接的なマーカーを含まないため、2003年、アメリカ内分泌学会は耐糖能異常を含み、糖尿病は除外したインシュリン抵抗性症候群の主観的な診断基準を提唱した。2004年、Ridkerらは、高感度CRPが肥満とインシュリン抵抗性に強く関連しており、心血管疾患の危険因子としても確立したことから、高感度CRPをメタボリック症候群の診断項目に加えることを提唱した。2005年、国際糖尿病連合(IDF)は腹部肥満を必須項目とするメタボリック症候群の世界基準を提唱したが、アメリカ循環器学会(AHA)とアメリカ心臓肺血液研究所(NHLBI)はIDF診断基準よりもNCEP診断基準の方が良いという共同声明を発表し、アメリカ糖尿病学会(ADA)とヨーロッパ糖尿病学会(FASD)はこれまでのどの診断基準も症候群と称するに足る科学的根拠がないので、人々にメタボリック症候群というレッテルを貼ってはならないという共同声明を発表した。

「2002年、日本肥満学会(JASSO)はBMI 25kg/m2以上、内臓脂肪面積100cm2以上(男女無差別)、腹囲男性85㎝以上、女性90cm以上を「肥満病」と定義し、2005年、メタボリックシンドローム診断基準検討委員会はJASSOの提案した「内臓脂肪症候群」診断基準を日本のメタボリック症候群の診断基準とした。この診断基準の問題点を列記すれば以下のようである。- - - - - 」

引用ここまで。

 長々とメタボリック症候群の国際診断基準と日本の診断基準が決定されるまでの経緯を引用したが、メタボリックシンドロームの診断基準は海外と日本では異なるし、その診断基準の妥当性についてもいまだに議論の余地が残る状況であることを伝えたかった。要するに、肥満は多くの重大な疾患の発症に関与していることは間違いないが、どういう条件が整ったときに肥満と他の重大な疾患との関連性が正の相関にあるのか、という点で議論の余地があるようだ。たとえばインシュリン抵抗性にしても、明らかな肥満体形であるにもかかわらず糖尿病でない人はいるし、非肥満であるにもかかわらず糖尿病である人もいる。その一方で、炎症のマーカーである高感度CRPが肥満とインシュリン抵抗性に強く関連しているとの報告(2)があり、メタボリック症候群は炎症と強い関連性がある気配が濃厚となってきている。

 さて、いよいよ本稿の結論に入るが、グチャグチャややこしい状況であればあるほど本質をとらえることが重要になる。今回のメタボリック症候群のリサーチで自分がとらえた結論は、メタボリック症候群の本質は脂肪組織へのマクロファージの集積とそれに伴う炎症であるということだ。そして、全身脂肪量や内臓脂肪量は炎症の程度と関係せず、あくまでも脂肪の質が炎症と関連する、と捉えた。

(1)築山鉄平、宮本貴成.歯科医療のイノベーションを考える. the Quintessence.Vol.36 No.1.118-141.2017

(2)小田栄司.脂肪病としてのメタボリック症候群. 人間ドック23(1):7-15.2008

歯周病と肥満~肥満は歯周病を起こし易い~

  肥満やメタボリックシンドロームを有する人は糖尿病になりやすいことはよく知られている。と、同時に歯周病も悪化させ易いことが解っている(1)。その理由は、昨日も言及したとおり、炎症性サイトカインは肥満内臓脂肪組織において発現が上昇しているからだ。この炎症性サイトカインがインスリン抵抗性に関与しているのだが、歯周炎の進行にも関与している。IL-1,IL-6,TNF-αなどの炎症性サイトカインは、歯周組織でRANKL/OPGのバランスを歯槽骨吸収の方向に傾けていく。だから、肥満脂肪組織から放出される炎症性サイトカインは、歯周病を悪化させるのだ。

 ところで、以前は脂肪組織における炎症性サイトカインを産生する細胞は大型化した脂肪細胞と思われていた(その大型脂肪細胞から分泌されるサイトカインはアディポカインと呼ばれる)。ところが、最近になって、脂肪組織における炎症性サイトカインは、主に脂肪組織に浸潤するマクロファージが産生していることが明らかとなった。さらに、そのマクロファージは二種類に分かれ、一方はM1マクロファージ、もう一方はM2マクロファージと呼ばれる。M1マクロファージはTNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインの放出量が多く、M2マクロファージは抗炎症性サイトカインであるIL-10の放出量が多いとのこと。実験では、肥満でないマウスの内臓脂肪にはM2マクロファージが多く、高脂肪食を与えて肥満化させたマウス内臓脂肪ではM1マクロファージが優位になったという報告がある。どうやら、インスリン抵抗性という観点からマクロファージにも善玉と悪玉が存在し、M2マクロファージは善玉ということになるのかもしれない。

 糖尿病の項ではさらっと流したが、実は脂肪組織=炎症組織である。肥満の内臓脂肪は大きな体積を占めるから、それが同時に炎症の場であるとすると、相当量のサイトカインが内臓脂肪から出ていることになる。多くの疾患は炎症との関連から見直されてきているから、肥満が多くの疾患の発症の有力なリスク因子になることは容易に想像出来る。

参考文献:

1 Chaffee BW1, Weston SJ. Association between chronic periodontal disease and obesity: a systematic review and meta-analysis. J Periodontol. 2010 Dec;81(12):1708-24. doi: 10.1902/jop.2010.100321. Epub 2010 Aug 19.

2 薄井 勲. 2型糖尿病のインスリン抵抗性における炎症の役割.

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