水銀による健康障害に関する報告の大部分は職業上の暴露の面からのものが多いです。職業上の暴露とは、たとえば水銀を扱う工場の従業員が業務環境下で水銀蒸気に暴露することです。
水銀中毒の典型的症状は、前述のように、振戦、エレチスムと呼ばれる神経症状、口内炎ですが、それ以外に易疲労感、食欲不振、体重減少、消化器症状、腱反射減弱、構音障害、記憶力減退、不眠、性欲減退、などの症状が水銀の慢性中毒に伴うことが知られています。職業性の水銀暴露と臨床症状の関係について、Nealらは気中水銀濃度が100μg/m3 以上で振戦、精神障害、頭痛、眠気、不眠等が起こることを示唆しています。しかし、気中水銀濃度が10μg/m3以下では中毒症状は起こらないとされています1)。
さて、口の中に入れている歯科用アマルガムから蒸発する口腔内気中の水銀濃度ですが、Vimyらは35人の歯科用アマルガムが歯に充填されている被験者のベースの口腔内の気中水銀濃度を測定し、次にガムを30分間咬んでもらったあとで測定し、その値からベースを差し引いた値の平均は29.8μgであったと報告している。また、同じレポートにおいて、被検者をアマルガム多数群(アマルガムが咬合面に12個以上充填されている群)とアマルガム少数群(アマルガムがに4個以下)に分けて同様の測定をしたところ、多数群では30分後に43μg/m3まで上昇し、その後19.5μgまで下がってプラトーに達したが、少数群では10分後に12.4μg/m3に達し、その後11.4μで安定したと報告している2)。
さて、咀嚼によって歯の中に詰められているアマルガムの表面から水銀蒸気が口腔の気中でてくるのですが、この咀嚼30分後の29.8μgや43μg/m、また10分後の12.4μg/m3といった数値をどうとらえたらいいのでしょう?前述のVimyらのレポートでは、アマルガム多数群の水蒸気圧で示された測定結果を体内取り込み量へ換算したところ、体内取り込み量は30μg/日(7日間で210μg)であったと報告し、この数値はWHOの水銀に対する成人の暴露許容量の「7日間で300 μg」(WHO 1972)に迫るものであり、アマルガムが水銀暴露源となって慢性水銀中毒を引き起す可能性があるとしています。
1) 秋葉陽介,渡邉 恵,峯 篤史, 池戸泉美, 二川浩樹: 歯科金属アレルギーの現状と展望. 日補綴会誌 Ann Jpn Prosthodont Soc 8 : 327-339, 2016
2) Vimy MJ, Lorscheider FL:Serial measurements of intra-oral air mercury: estimation of daily dose from dental amalgam. J Dent Res. 1985 Aug;64(8):1072-5.
(次回へ続く)