歯科診療にスピードが必要な理由について、北九州市の著名な臨床歯科医である下川公一先生が、自著「歯科医院の発展とその心技体ー失敗と成功の我が経験則ー」のなかでいみじくも語っておられる。以下引用。
『歯科治療は、とても深淵であり、いくら追求しても奥深いものだ。
根管充填ひとつとっても、「ここまでやれば根尖病変が出来ない」という保証はどこにもなく、「もっときれいに充填しよう」などとこだわり続けていたら、いつまでたっても終わらなくなってしまう。
クラウンのマージンも同様で、適合精度を際限なく追い求めていったら、1本の歯で1~2時間かかっても不思議はないだろう。研磨も然りである。
そもそも、じっくりと時間をかけて最高の治療が出来るというのは当たり前の話であって、決して自慢にはならない。それでも採算がとれているという人がいたら、果たしてそこにどれだけの時間を費やしたのか聞いてみたい。
一人の患者さんに時間をかけて丁寧な治療を施し、1日に数名を診たとする。しかし、それでは、いくら本人が細々と暮らすほどの収入があったとしても、採算が取れているとは言い難い。
歯科医療の専門職である以上、最高の治療を提供する努力は必要だ。しかし、歯科医師の本当の腕の見せ所は、「治療をほどほどのところで切り上げながらも一定レベル以上の治療ができる」ということなのである。————
——– 同じ治療内容で比較してみよう。10分で治療を終える人と30分かかる人では、患者さんは速やかに終わる歯科医師を選択することは確実だ。また、経営視点でも速やかに終える方が効率的である。支台歯形成を例に考えても、最終的な形成のイメージが頭にあればそれに近い状態まで大きなバーで一気に削ればよく、そこまで時間をかける必要はない訳である。
そのことが理解できる人と理解できない人では、相当な時間の差が生じている。しかも、この傾向が日常のあらゆる点において表れると、技術や治療結果が同様であっても、年間に換算した場合には1か月程の差は簡単に生じてくるのである。』引用ここまで。
どちらかというと、自分もこだわるタイプなので、この意見には大いに耳を傾ける必要がある。提供するものが同じ結果なら、仕事は早い方が良い。
浮田歯科における研修テーマのひとつはスピードだ。院長は診療が早いだけではない。日常のすべてが効率的なのだ。そして、彼女の診療室には、下記の文言が記された「羅漢さん心の日めぐり」(京都大原三千院で一緒に購入した)からの1ページが額縁に入れて大事に飾られている。
「仕事はやればいいというものではない。ていねいに、きれいに、そして速くやれ」
参考文献:下川公一, 歯科医院の発展とその心技体ー失敗と成功の我が経験則ー,グレードル株式会社,東京, 2016.