「インプラント周囲歯肉のバリアー機能は天然歯に劣る」のであるが、それをもってインプラント治療を否定するのは間違いだ。インプラントの咀嚼を支える能力の圧倒的高さを考えると、やはりインプラントは現代の歯科医療が到達した一つの大きな金字塔と思う。どのような医療にも利点と欠点があり、その両者をよく見極めて、最終的には患者さんがチョイスするべき、と思う。少なくとも、もしも自分が何かの原因で(というか、歯周病で歯を失うことは考えにくいので、歯肉縁下カリエスだろう。これは補綴物のマージンが歯肉縁レベル、あるいはそれ以下に設定された場合、起こりうる)、歯を失った場合、間違いなくインプラントをチョイスする。口腔清掃がきちんと行われている患者に、正当な術式で、適切な骨量が確保されており、かつ周囲に付着歯肉が2ミリ以上確保された部位に、信用出来る正規一流メーカーのインプラントが埋入された場合、メインテナンスが適切に行われてさえいれば、長期予後は間違いなくよいと断言できるからだ。部分義歯や天然歯を切削しなければならないブリッジに比較し、圧倒的な優位性がインプラントにはある。
インプラント周囲炎のリスクファクターには大きく、1)患者の要因 2)局所的要因 3)医原的要因 があるといわれている。「患者の要因」とは、低い口腔衛生状態、隣在歯の歯周病の存在、メインテナンスの欠如、喫煙や糖尿病などの宿主の抵抗力が関連する。「局所的要因」とは、インプラント周囲骨量の不足、周囲角化歯肉の不足、インプラント体の性能などが関連し、「医原的要因」とは、不適切な外科手技、インプラントポジション、補綴デザイン、補綴物の適合不良、装着時の残存セメントなどが関連する。
インプラント治療にあたる歯科医師は、3)の医原的要因で残念な治療結果が出ないよう、正しい倫理観に基づいて、自己のインプラントに関する知識・技能を常に高める努力を継続する必要があるだろう。万一、当初目指した結果がついてこなかった場合は、リカバリ―のための最大限の努力を払うべきだ。ここが臨床家としての質が問われる正念場だろう。これはとても重要なことで、絶対失敗しないドクターなど、テレビドラマの中にしか存在しない。そして、全例、最後には当初目指した結果を出すのが信頼できる誠実なドクター像と思う。また、1)の患者の要因は、知らされていなければ患者は正しい判断を出来ないわけだから、治療前の面談でしっかりとインプラント治療を受ける際に、患者側が満たしていなければならない条件を知らされなければならないだろう。2)の局所的要因については、歯科医師の力量にかかっているので、骨量や角化歯肉を予め増やすことが出来るのならインプラントをすればよいし、その技術がないのならしないほうが良いだろう。
とにかく、患者さんにインプラント治療を受ける前に、その治療を受けるのにふさわしい状態になっていただくことがとても重要だ。それには、一にも、二にも、治療前にしっかりと面談に時間をかけ、インプラントのリスクやメインテナンスの重要性などを、しっかり理解していただくことだ。患者利益のために、この高度なインプラント治療を行うこと。このことは、インプラント治療にあたる歯科医師の心構えとして極めて重要だ。
参考文献:
三上 格,下野正基.基礎と臨床からみるインプラント治療後の維持管理. ザ・クインテッセンス. Vol.35. 48-67.2016