今日の症例ですが,ポーセレンメタルボンド冠が装着された前歯の歯頚部にカリエス(むしば)があります.このような歯頚部カリエスは日常臨床でよく遭遇します.人工のかぶせ物と歯の移行部が不適合で段差がついているとプラークが溜まり易いことや,プラークコントロールの不良が原因です.
この前歯のデンタルX線像ですが,歯冠と歯根の境目の黒く抜けている部分(矢印)は,歯の実質が虫歯で溶けて消失しています.この実質が消失している部分は,歯肉縁より下方で臨床的な対応が難しい部分です.つまり,正確な充填操作がしにくいこと,そしてあまり欠損が根尖側に及ぶと,生理的な歯肉や歯根,歯槽骨の位置関係を破壊することが問題です.すなわち,生理的な状態の歯は,歯槽骨頂から上方に約1ミリの結合織性付着,さらにその上方に約1ミリの上皮性付着が存在し,この両者を足した約2ミリの幅を生物学的幅径(さらに歯周ポケット1ミリを加えて3ミリとすることもある)と呼んで,健康な歯周組織の維持に必須と考えられています.つまり細菌に対するバリヤーです.虫歯が根尖側に向かって根面深くに及んだ場合,この生物学的幅径を侵し,この部に細菌感染を許す結果,歯周炎を引き起こし,やがては抜歯になってしまうのです.
頑張って歯冠を除去し,軟化牙質(虫歯)を取り除くと,メタルコアと健全な象牙質が残ります.この健全な歯面は,歯肉縁下2ミリ弱のレベルだったので,何とか生物学的幅径の機能は温存できると考え,この歯を保存修復することに決定しました.
本日は時間なく,コンポジットレジンで,大きめの支台築造を行うにとどまりました.次回は,このコンポジットレジンの支台をプレパレーションし,印象してクラウンを製作予定です.何でもかんでも抜歯して,インプラントにするわけではありません.保存の可能性のあるものは,極力,保存を考えます.