咬み合わせと姿勢

近年、咬合や咀嚼を担う下顎運動の力学的解析の対象は、顎関節や頭蓋骨だけでなく、頸椎や、全身の姿勢を決定する脊椎全体にも向けられてきている(1,2,3)。

 
なぜなら、 咬み合わせと全身の姿勢には関連性があることは従来から推察されていたのだが、それを科学的に検証するためには、下顎運動の解析の対象を顎頭蓋部に限らず、脊椎全体に広げる必要があるからだ。
 
その結果、咬み合わせの不正は、頸椎から胸椎、そして腰椎へと脊椎全体に影響を及ぼすことが、科学的根拠を伴って報告され続けている。

たとえば、片側で咬んだ場合、頭部は作業側(咬んだ側)に傾斜する(4)。この時、サルを用いた実験では、第一頸椎、第二頸椎、第三頸椎の作業側、非作業側の各計測点で、それぞれ異なる応力が発生して、それぞれに異なる変形が生じていることが、頸椎表面に歪みを検知するセンサーを貼る測定法で明らかにされている(5)。

また、ラットを用いた実験では、片側で咀嚼させ続けると、脊椎全体の弯曲が変化することが確かめられている。つまり、咬む力は脊椎全体に影響を及ぼすが、それに左右差がある場合には脊椎のアライメントに歪みが生じる、という事実が確認されたのだ。このような実験は倫理的に人間では行い難いので、動物を用いた検証になる(6)。

さらに、咬む力の左右的アンバランスが脊椎全体のアライメントを変化させることが、実験用に制作された人の脊椎モデルにおける有限要素法解析においても確認されている(7)。

脊椎モデルにおいて、咬む力は第一頸椎から第7頸椎までの各レベルの測定点で異なる応力を発生させるが、その結果、咬み力は頸椎の走行や位置を変化させる。たとえば、咬合平面(下顎中切歯の尖端と左右下顎第二大臼歯の遠心頬側咬頭頂の3点を結んだ平面)が水平の場合、左側で咬むと頸椎が右側にずれる。このとき、咬合平面が左下方に傾斜していると頸椎は逆に左側にずれる。
 
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Fig. 1   4つの有限要素法モデル  文献(7)より引用。 の両側の上下方向の矢印は咀嚼筋の咬合力を表す。

 

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Fig.2  頸椎の有限要素法モデルにおける応力分布図。  ModelA は左右対称的に応力が分布している。ModelB3~第7頸椎の左側に高い応力が発生している。ModelCは第3~第7頸椎の右側に高い応力が発生している。ModelDは第4および第5頸椎においてわずかに左右差が認められる。 

 

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Fig.3  偏位する椎。ModelAは偏位していない。ModeBは右側に、ModelCは左側に偏位している。ModelDはわずかに右側に偏位する。

 

以上のデータは、顎口腔系の筋肉の拮抗的な作用により、咬合平面の側方傾斜とそれに加わる咬合力の左右差は、頸椎の偏位を起こすことを示している。すなわち、咬合平面が水平の場合、左側で強く噛むと頸椎は右側に偏位し、咬合平面が傾斜している場合は、両側に同程度に咬合力が加わった場合は、咬合平面が下方に傾斜している側に頸椎が偏位する。
 

 

そして、下顎が偏位している場合は、咬合力の左右差や咬合平面の傾斜が頸椎の偏位にあまりつながらない。このことは、咬合力や咬合平面のアンバランスが姿勢に直接大きく影響しないように、下顎が代償的に偏位することで姿勢を制御している可能性を示唆している(7)。
 
ところで人の脊柱側弯症の発症率は、下顎が偏位している人において有意に高い事実がある(8)。
 
前述の動物や有限要素法解析を用いて得られた咬合力が頸椎、そして脊椎全体のアライメントを変化させることを示す実験データは、下顎の偏位が脊柱側弯症を引き起こす有力な因子である可能性を示唆している。
 
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Fig.4 典型的な下顎偏位患者  頭部X線写真において、下顎骨は右側に偏位し、右側の下顎枝(下顎骨の垂直部分)は明らかに短縮している。文献(8)より引用。

 

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Fig. 5 健常者

 

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Fig. 6  下顎偏位患者の頭部X線写真  A,B:下眼窩裂、C:オトガイ正中点。ABを結ぶ線を基準にすると咬合平面は傾斜し、下顎は左方へ偏位している。

 

 

下顎偏位患者を正面から観察すると、脊椎はS字状にカーブしている。そして、下顎の偏位した方向と反対側に頸椎が偏位し、下顎の偏位と同側に脊椎が側弯している(Fig.13,14)。
 
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Fig.7  脊椎全体のX線写真。下顎偏位患者の脊椎全体X線写真  D:第7頸椎の正中点、 E:恥骨結合の正中点、F,G: 肩峰 H,I:頸椎および胸椎における側弯が最も顕著である点

 

また、矢状面(しじょうめん=体を左右に等しく半分に分ける面)における咬合平面の傾斜も、脊椎アライメントに重大に影響する。
 
骨格性のアングル二級の不正咬合(上顎前突)においては、後退した下顎が頭蓋と頸椎との関係性に影響し、脊椎の弯曲傾向が強くなる傾向が報告されている(3,4,9,10,11)。
 

 

また、上顎前突(アングル二級)の咬み合わせは頭位を前方に偏位させる傾向(フォアーヘッドポスチャー)があることが知られており(14)、この姿勢は頸部の筋肉を緊張させ、頭痛や肩こりを起こす原因となる。

 

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Fig.8  正常な脊椎、下肢、頭部の関連性  Fig.16 障害された脊椎、下肢、頭部の関連性。

 

 正常な咬み合わせと脊椎および下肢のアライメント(左)。不正な咬み合わせは(上顎前突=アングル二級)、脊椎と下肢のアライメントの変化を伴う(右)。

 文献(14)より引用。

 

ところで、脊椎の過剰な弯曲の原因は咬み合わせだけではない。脊椎の下方に位置する骨盤の形態角の変化は、上方の腰椎の前弯、胸椎の後弯の程度と連動しており、脊椎の下方に存在する原因により頸椎の弯曲が変化する可能性も報告されている(12)。
 
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Fig.9 脊椎は全体が一つのユニットとして機能する。頸部の弯曲をしめすパラメーターは、下方のパラメーターに影響し、また下方のパラメーターによ影響される。 CL=cervical lordosis頸椎前弯,    COG=center of gravity重心, FS=femoral shaft  大腿骨骨幹部,  PI=pelvic incidence 骨盤形態角,    PT= pelvic tilt 骨盤傾斜角,  SS=sacral slope仙骨上縁と水平線とのなす角 文献(12)より引用。

 

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Fig.10  脊椎の正しいアライメントは良い姿勢を作り、不良なアライメントは代償的なメカニズムにより頸椎のパラメーターを変化させる.骨盤傾斜角の増加は、頸椎の後弯によっても、脊椎全体の不正なアライメントによっても起こるが、頸椎の過剰な後弯によっておこる骨盤傾斜角の増加は腰椎の過剰な前弯を伴う。A: 正常 B: 過剰な頸椎の後弯。腰椎の過剰な前弯と骨盤傾斜角の増加を伴う。C: 過剰な頸椎の前弯。骨盤傾斜角の増大を伴う。 文献(12)より引用。

 

要するに脊椎は全体が一つのユニットとして機能しており、上方のアライメントの異常は下方にも異常を引き起こし、下方のアライメントの異常は上方にも異常を引き起こす(Fig. 18)。
 
実際、脊椎の弯曲は頸椎から胸椎、腰椎、仙椎までの各部分が有機的に連携して成立している。頸椎の過剰な弯曲と共に脊椎全体の弯曲の異常を呈する患者に対して、腰椎レベルに骨切除を施して脊椎の弯曲を矯正したところ、頸椎のアライメントも自然に改善されたとする報告がある(13)。
 
参考文献:

1.   Dental occlusion and postural control in adults. Tardieu C, Dumitrescu M, Giraudeau A, Blanc JL, Cheynet F, Borel L.  Neurosci Lett. 2009   Jan 30;450(2):221-224.

2.   Dental occlusion and body posture: a surface EMG study. Bergamini M1, Pierleoni F, Gizdulich A, Bergamini C. Cranio. 2008 Jan;26(1):25-32.

3.   Examination of the relationship between mandibular position and body posture. Sakaguchi K, Mehta NR, Abdallah EF, Forgione AG, Hirayama   H, Kawasaki T, Yokoyama A. Cranio. 2007 Oct;25(4):237-249.

4.   Occlusal support and head posture. Kibana Y, Ishijima T, Hirai T.  J Oral Rehabil. 2002 Jan;29(1):58-63.

5.   井上 曉, 川本達雄. 片側で咬合した時の左右椎弓板の力学的反応.歯科医学. 2000. 63(2): 113-128.

6.    The effect of dental occlusal disturbances on the curvature of the vertebral spine in rats. Ramirez-Yanez GO, Mehta L, Mehta NR. Cranio.    2015 Jul;33(3):217-227.

7.    The effect of occlusal alteration and masticatory imbalance on the cervical spine. Shimazaki T, Motoyoshi M, Hosoi K, Namura S.  Eur J    Orthod. 2003 Oct;25(5):457-463.

8.     A correlational study of scoliosis and trunk balance in adult patients with mandibulardeviation. Zhou S1, Yan J, Da H, Yang Y, Wang N, Wang   W, Ding Y, Sun S. PLoS One. 2013;8(3):e59929. doi: 10.1371/journal.pone.0059929. Epub 2013 Mar 29.

9.     The relationship between the stomatognathic system and body posture. Cuccia A, Caradonna C. Clinics (Sao Paulo). 2009;64(1):61-66.

10.    Head posture and malocclusions. Solow B, Sonnesen L. Eur J Orthod. 1998 Dec;20(6):685-693.

11.    Cervical column morphology related to head posture, cranial base angle,and condylarmalformation. Sonnesen L, Pedersen CE, Kjaer I. Eur   J Orthod. 2007 Aug;29(4):398-403.

12.    Cervical spine alignment, sagittal deformity, and clinical implications: a review. Scheer JK, Tang JA, Smith JS, Acosta FL Jr, Protopsaltis TS,   Blondel B, Bess S, Shaffrey CI, Deviren V, Lafage V, Schwab F,Ames CP; International Spine Study Group. J Neurosurg Spine. 2013      Aug;19(2):141-159.

13.    Spontaneous improvement of cervical alignment after correction of global sagittalbalance following pedicle subtraction osteotomy.Smith JS1,    Shaffrey CI, Lafage V, Blondel B, Schwab F, Hostin R, Hart R, O'Shaughnessy B, Bess S, Hu SS, Deviren V, Ames CP; International Spine    Study Group. J Neurosurg Spine. 2012 Oct;17(4):300-307.

14   The neuromuscular approach towards interdisciplinary cooperation in medicine. Yurchenko M, Hubálková H, Klepáček I, Machoň V, Mazánek        J. Int Dent J. 2014 Feb;64(1):12-19.